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オランダ史に学ぶ(下)

繁栄と衰退と オランダ史に日本が見える 岡崎久彦

の抜粋の続きです。


危険な道徳的孤立主義
オランダが英蘭戦争を避けられなかった大きな原因の一つは、自分の安全のための同盟は欲しいが、国際政治における政治的コミットメントをしまいとして逃げてまわったことにある。
バーカーは、オランダが真の同盟という観念を持たなかったことを繰り返し非難している。そして、グロチウスに代表される国際法秩序を主張して権力政治を忌避したことは、英、仏人からは鼻持ちならない偽善と感じられた。
シャマは、オランダは「産業、貿易によって立つ他の帝国と同様に道徳的孤立主義を信奉し、古い世界の汚れた権力政治を超えられると信じていた」と述ベ、ただ後の英国や米国のような地理釣条件には欠けていたと指摘している。
私は、日本の戦後の道徳的孤立主義は敗戦と占領、そしてアメリカン・リベラリズムの影響と思っていたが、シャマがずばりと定義したところによれば、経済で大成功を取めた経済大国の属性でもあるらしい。
そういえば戦後日本の社会で、いわゆる「体制」の中心であるはずの経済人、経済官僚の中に世界の権力政治の現実から目をそむけようという、道徳的孤立主義の風潮が牢固としてあるのはどうしてかな、とかねがね疑問に思っていたが、これで説明もつく。
しかしそれには、シャマも言っている通り、基礎的な条件が必要である。
大英帝国も戦後の米国も、海に囲まれている上に、世界の七つの海で海軍力の優位を誇っていた。しかしオランダは、大河と運河に囲まれた一種の島国ではあるが、大陸からの攻撃には弱く、また海上では、英国と敵対しないという前提においてのみその通商路を守り、ひいては国民の安全と繁栄を維持し得た。
問題は、17世紀のオランダも今の日本も、海洋を支配する同盟国との関係がよいかぎりは、道徳的孤立主義という贅沢が許されるが、その道徳的孤立主義をあまりに論理的に貫いてしまうと、その前提条件である同盟関係そのものを否定する論理につながってしまうところにある。
日米安保の下で、国際的な権力政治はアメリカにまかせて、日本がぬくぬくと平和主義の原則を立てて安全と繁栄を享受していること自体はさして実害はないとしても、その平和主義を稚い論理で延長すると安保反対運動になって、同盟、ひいては平和そのものの基礎を揺るがそうということになってしまう。
もう今は日米同盟は国民の間に定着していて、安保反対運動をする人もいない。しかし、日本側は日米同盟が大事なこととわかってきたとしても、アメリカ側も「日本と同盟を結んでよかった」と思ってくれるようでないと長続きしない。そのために運命共同体の証しを立てようとすると、それには二の足を踏む日本側の心理構造はまだまだ残っている。この点も、自国の安全のための同盟は欲しいが政治的コミットメントはいやだと逃げまわった、17世紀のオランダに似ている。
ましてアメリカは、冷戦時代は戦略的に重要な日本を手放すわけにはいかないから、多少、日本のすることに不満でも大事の前の小事として目をつむっていてくれたが、これからはもう少し気をつける必要があろう。イギリスもスペインの脅威がある間は、オランダが滅びれば次は英国が同じ運命と思って庇ってくれたが、スペインの脅威が去った途端に、過去の同盟義務不履行までむし返してオランダをたたいている。
イラン・イラク戦争の最中、アメリカは日本に対し、油送船をイランの機雷から守るためにぺルシャ湾の掃海艇派遣を呼びかけた。日本国内でこの派遣に反対した人々の理由は、一言でいえば、そんなことをすると平和主義の原則がそこから崩れていって、軍国主義への歯止めがなくなってしまうということであったと思う。まさにオランダの党争と同じ、ゼロ・サム・ゲームの反戦主義の発想である。
従来とも私は、日本の歴史をふり返ってみてこの判断は誤りだと思っている。
「愚者は経験から学ぶ。予は歴史から学ぶ」と言ったのはビスマルクだったと記憶する。今生きているわれわれの世代の個人体験では、戦前、戦中の軍国主義の記憶が圧倒的に強いので、それ以前の歴史は忘れ去られているが、その前には、旧憲法の下でも日本の議会民主主義がちゃんと軍を抑えていた時代もあった。
大正デモクラシーの頃には、軍人は外に出る時は、軍服では恥かしくて背広を着たという。当時の日本は七つの海を支配している英国と同盟関係にあり、国民が日本の安全に何の心配もなかった。人間は安全に心配がなくなれば、どうしても自由が欲しくなる。それが人情であり、大正デモクラシーが栄えた。
しかし、日英同盟が切られると日本は自分の安全は自分で守らなければならない。孤立して安全を守ると、100パーセントの安全では不安で120パーセントの安全を求めるようになる。
いかに経済的に繁栄していても安全を失えば元も子もないから、自由より安全が欲しい。政治家より軍人の方が国民にとって頼もしく見えてくる。これも自然の人情である。
日本人という人種の心情の中には深く軍国主義が根ざしていて、歯止めをかけないとそっちに流れてしまうなどという、そんな馬鹿な話はない。歴史を知らないで個人の経験だけで考えるから、こんな間違った判断をするのである。
日本人も人の子であり、それぞれ自分と自分の家族のことを思えぱ、まず安全、次いで繁栄、そして自由が欲しい。それが民の心である。そしてその民の心が、周囲の環境によって平和主義にも軍国主義にもなるのである。
日本の国民は、日米同盟によって日本の安全に心配がないかぎり、掃海艇派遣程度の協力をしたからといって、そこからどんどん軍国主義に向うということはあり得ない。そんなことは、現在の日本の国民感情、新聞、議会のシステムを思えば誰でもわかる。
しかし、いったん米国が同盟国としてのつき合いをしない日本に愛想をつかし、同盟を切ってきた場合、私は民の心が軍人を頼りにし、強い軍を求めることはほぼ間違いないと思っている。
現に歴史の先例があるではないか。
1988年の掃海艇派遣問題では、日本は日米同盟の証しを立てるチャンスを失した。他の形では協力したが、米国世論へのインパクトは弱かった。当時、ニューヨークで会ったアメリカの有識者達が、「掃海艇さえ出せば日米経済摩擦などはどこかにふっ飛んでしまったのに」と言っていたのを思い出す。今後のチャンスは是非大事にして欲しいと思う。
その時、私の頭に閃いたのは、もしあの時、中国がペルシャ湾に艦艇を派遣していたならば、アメリカの世論や議会には中国の方が頼もしい同盟国として映っただろうな、ということであった。20世紀初頭以来の極東の歴史では、日本と中国のどちらが米国の友人となり敵となったがが、それぞれの国の命運を決して来たという記憶が胸をかすめたのである。
同盟か経済優先か冷戦が終りつつあり、将来の新しい世界秩序に向って模索が始められている現在、理論的にはアメリカ外交の選択の幅はもっと広くなっている。それがソ連である可能性すら排除出来ない。
その場合、理論よりも、誰がアメリカ人と肩を並べて汗を流し、生命の危険を冒しているのかが、信頼出来る同盟国かどうかの尺度となろう。
もっと遡って、日英同盟が切れた遠因の一つもそこにあった。第一次大戦当時、西部戦線でドイツ軍の強圧の下に昔しんでいた英国は、同盟国日本から陸軍師団の派遣を要請した。日本は護送用駆逐艦の派遣でお茶を濁したが、その時に派兵したのは同盟国でないアメリカだった。こうして英米両国民が肩を並べて戦ってからは、当然のことではあるが英外交の主軸は英米関係となり、ベルサイユ会議では英国はアメリカの言うことばかり支持して、日本はだんだん孤立化を深め、軍国主義への道を歩むのである。
私が惧れるのは、軍事的な意味でアメリカが日本に協力を求めているうちが花だった、とあとで後悔するようになることである。
米国が共同行動を求めるということは、日本に応分の責任分担を追っていると同時に、仲間はずれにしないで一緒にやろうと誘ってくれているという面も多分にあることは、アングロ・サクソン世界に長く往んだ人はよくわかると思う。
「あいつはどうせつき合わないのだから誘わないでおこう」と思われた時こそ、同盟の黄信号が灯った時である。それを、「やっとアメリカは日本の平和主義体制を理解してくれた」とほっとなどしていることこそ、日米同盟の基礎を揺るがし、ひいては現在の平和主義体制自体の墓穴を掘り、軍国主義への道を開いているのである。
日本に国内的制約があることはアメリカも百もわかっている。日本が何とかそれを克服しつつその都度アメリカと協力しようと努力している姿勢を示し続けることが、同盟を維持するために必要なのである。
80年代を通じて、他の面での防衛協力では日米同盟の信頼関係はむしろ強化されている。1989年、レーガン時代の防衛政策担当者と再会ディナーに招かれたが、皆「レーガン時代の防衛協力は隠れた成功物語だ」と言っていた。
日米同盟にはまだまだ拠って立つべき善意と信頼の人間間係はあちこちに残っているし、日米同盟を今からでも強固にする時間も手段も十分残されていると思う。
日本が今後の世界を生き抜いて行く大戦略は、一言でいえば米国との信頼、同盟関係を維持して行かないかぎり、日本の安全も繁栄も自由もないという現実を決して見失わないことにあると思う。
近代史の上で日本国民が真に安全と繁栄と自由を享受したのは、日英同盟の20年間と日米安保条約の40年間である。
ユーラシア大陸のまん中から太平洋に向って進出しようとするロシアの圧カに対抗して、日本の安全を守るためにも、また資源に乏しく通商によってしか活きる路のない日本の繁栄を維持するためにも、そしてその安全と繁栄の自然の帰結として自由とデモクラシーを謳歌するためにも日本は海洋を支配するアングロ・アメリカン世界と協調していくほかはない、というのが開国以来の日本の宿命である。
それはまた、オランダ史の宿命とも似ている。オランダにとって絶対に戦争してはいけない国は英国だった。また、戦う政治的な必然はどこにもなかった。ただ自己中心の経済利益にだけ専念して、この基本的な地政学的構造を見失ったために破滅的な打撃を受けたのである。1930年代の日本も、日本を取りまく基本的な地政学的構造を見失って破滅的な誤りを犯した。
冷戦の終りが始まって、アメリカ人も日本人も今後の世界にどう生きて行くかの模索を始めたこの時こそ、この基本構造を見失わないことが何よりも大事だと思う。
もうここから先は、オランダ史から学ぶことではない。日本の開国以来の歴史を曇りのない眼で読み返して、日本自身が決めることである。




以上が私の選んだ抜粋部分です。ちょっと多かったですが。
この本は単に歴史の読み物としてもかなり価値がある本です。

・オランダがスペインの残虐非道な圧制から立ち上がり、
 自由と独立を手にするまでの苦難の歴史
・総督家であるオレンジ家の粉骨砕身の活躍
・オランダの世界への雄飛と空前の繁栄
・自由を尊重しすぎた結果としての自由の喪失
・現実的な思考を欠いた平和思想、平和主義の危険性
・商人国家の習性とジレンマ

ちょっと思いつくだけでも以上の要素が詰まった
非常に読み応えのある本だと思います。

人間の精神性や行動様式は有史以来あまり変わらないことは、
歴史が示してきています。歴史を知ることは人間を知ること。
人間を知ることは、現在の局面を理解し、進むべき指針、
選ぶべき選択肢を探るときに大きな助けとなります。
歴史を学ぶ意味はここにあります。

そのためにも我々はありのままの歴史を知る必要があります。
中国韓国のように自分たちの国の歴史を美化したり正当化したり
した歴史であるなら教訓を得られないので学ぶ意味などありません。
現実認識ができなくなるという点で有害ですらあります。
このことはそのような反日思想を国家ぐるみで植え付けられてきた、
中韓の民衆の度を超えた言動を目に耳にするとき確信となります。

と、中国韓国の歴史教育の反作用について触れましたが、日本は
中韓レベルの下ばかり見ていないで、上を見る必要があります。
日本もまだまだ歴史には学んでいると言えそうにないからです。


コメント
投稿者:吉崎 かず子(2005年07月01日 05:43)
初めまして!
安倍晋三HPから来ました。
貴重なテキスト有り難うございます。早速図書予約済ませました。
 10年位以前の著書かな・・?と推察しましたが 今正に時代の潮目を迎えて逼迫度を増した示唆に富む予見書の感ありです!
私見ですが、岡崎氏は三月に開催された安倍さんの「地方議員1000人の勉強会」でパネリストとして参加されてて初めて生で御高説を拝聴の機会を得ましたがゲストが多く非常に短いコメントで当日はちょっと不満でした。一度じっくり拝聴したいと思ってます。過去に「戦略ノート」「陸奥宗光」を読んで最近のでは安倍さんとの共著「この国を守る決意」拝読しきっと安倍さんが総理になられたら政策ブレーンになる方なんだと確信してます! TV出演も保守派の重心としてまだまだ偏向キャスターに負けないで頑張ってもらいたいです!
PS: 過去ログを追って読ませていただきます・・・今後とも宜しくです!
投稿者:まったり(2005年07月02日 01:13)
吉崎さん こんばんは。コメントありがとうございます。
>10年位以前の著書かな・・?と推察しましたが
ちょうど10年ぐらい前になります。でも今の情勢にも通じていますし、今後の日本のあり方、進路を考える上でいろいろ考えることのできる素晴らしい本だと思います。
>安倍さんとの共著「この国を守る決意」拝読し
>きっと安倍さんが総理になられたら政策ブレーン
>になる方なんだと確信してます!
安倍総理と岡崎ブレーンですか。素晴らしいですね。私も是非実現して欲しいと思います。
>過去ログを追って読ませていただきます
実は昔のところから引っ越したばかりで過去記事はボツボツ移転しているところです(汗)基本的に素人のたわごとですが(笑)、今後ともよろしくおねがいします。
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