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連合国とパンドラの箱

昨日の投稿が我ながら詰め切れていなかったので(汗)続きです。

こと大東亜戦争肯定史観と東京裁判否定は簡単に言えば、
「日本は悪くなかった」つまり暗黙に「悪かったのは連合国」
という考えです。このことは利害関係において、旧戦勝国側
つまり国連の常任理事国すべてを敵にする危険があります。
日本が下手にそのような考えを大々的に国際社会に向けて
公式見解として表明すれば60年ぶりに連合国が再び復活し、
「日本はやっぱり反省していなかった」
と中国の肩をもって日本に反省を迫る公算が大です。

アメリカ、ロシア、イギリス、フランス等の旧帝国主義諸国は
日本以上に多くの立派な(笑)侵略の歴史を持っています。
日本の「悪かったのは連合国」という主張を受け入れる事は
アフリカやアジア、南米諸国から中韓お得意の「謝罪と賠償」
要求ブームが起きる危険がありますから、絶対に拒否します。
学者レベル識者レベルで認められてきているからといって、
安易に国際社会の公の場で公言するにはまだ時期尚早です。

以上が対外的に無謬史観を主張することの危険です。
次に我々自身が無謬史観を肯定する危険を考えます。

国内においても一宗教法人といえども公的性格をもつ靖国が
特定の史観に肩入れすることはその史観が公的な性格を
対外的にも対内的にも帯びてくるのは必然といえます。
せっかく教科書の検定制度などで特定の思想、史観を
強制しないような仕組みができているのに、これでは台無しです。
靖国はいかなる思想も史観も主張してはなりません。
靖国は何も主張しないことで万人に受け容れられます。
神社とは本来はそういった性格のものです。
すべてを拒まず受け容れて優しく同化するのが多神教である
神道の特質であり、奥深さでもあります。

また大東亜戦争肯定史観も慎重に検討されるべき性格のものです。
日本は侮辱や挑発を受け追い込まれていましたが、本当にその時
開戦に踏み切る選択肢しか残されていなかったのか。そういう状態に
追い込まれる前にもっと外交努力で何とかできなかったのか。
勝つ見込みがなくなった時点でもっと早く降伏できなかったのか。
そういう見地からの議論もなされるべきと考えます。

ある特定の史観を迷わず信奉することは、思考停止でもあります。
そうなると人や国は歴史からは何も学ぶことができなくなります。
歴史から学べない国がどうなるかは中韓をみれば明らかです。
ああなりたくはないですよね(笑)

また中韓の自国万歳史観を論破するためにいくら正当なものでも
日本も自国万歳史観を主張するなんてまるで説得力に欠けます(笑)
中高生にタバコをやめろという先生がタバコを吸っているようなもの。
まずは自ら謙虚に自国の歴史を再検証する姿勢を見せることで
中韓へ反論するときの説得力も自ずから備わってきます。

我々は歴史から学ぶためにも心地よく安易な自国万歳史観に頼らず、
真摯に歴史に向き合うべきだと思います。
誇りある日本はそういう作業の中でこそ生まれてくるのです。
そして、その道こそ英霊の犠牲に応える道でもあるのです。


関連投稿
反面教師としての中韓
神道を考える

6月8日追記
以上の私の投稿は一応以前の投稿を踏まえてのものですので
初めて私のブログをご覧になった方はこちらも目を通してください。
靖国問題解決私案・上
靖国を考える(本稿)

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