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グローバルスタンダード

最近、「グローバルスタンダード」という言葉を良く目にします。
改めてググってみました。
グローバルスタンダード 【global standard】 - goo 辞書

〔世界標準の意〕
(1)金融システムや経営システムなどにおいて,
国際的に共通している理念やルールのこと。
(2)工業製品などの国際標準規格。

とのことです。

「アジア・アフリカ首脳会議における小泉総理大臣スピーチ」
を論じたブログいろいろ(玄倉川の岸辺:2005年4月24日)

肯定的陣営に分類していただいた私ですが、いまでもあの声明は
間違っていなかったと思っています。(首脳会談は残念でしたが)

グローバルスタンダードあるいは世界の常識等で語られる
声明批判陣営は論客揃いで感銘を受けるものも多くありました。
それでも私の考えは今でも変わりません。

批判陣営の論拠は「謝罪」とは
国際常識では「誤りを認める」ことであり、
理不尽な主張を続けてきた中韓の主張を追認することであり、
国家元首たるもの軽々しく口にするべきものではない。

まとめると以上のようなことだと思います。

スタンダードとは日本語では常識、標準ですが、これは
言うまでもなく絶対的な価値観ではありません。
歴史上、常識や標準は絶えず変動し、
もちろん現在も変動しています。

人類の歴史において我々の祖先たちはさまざまに試行錯誤し、
より良い社会を作ろうと奮闘してきました。
その成果として私たちの生きる現代という時代が存在します。
成果としては奴隷制追放、基本的人権の確立、天文学、地理学、
気象学、民主主義、法律と挙げればきりがありません。

そして戦争と平和。過去の2度の世界大戦を経験した人類は
戦争は国益追求の手段としては下の下だと知りました。
いまだ世界中に紛争は絶えませんが。

牙を抜くために与えられた憲法であるにせよ、実質的に
アメリカの庇護下にあったにせよ、日本が戦後に
成し遂げた成功は平和の価値を改めて世界に示しました。
武器を手にした国益追求は時代遅れになりました。
全世界の経済交流が進んだ現代は多くの国にとって
協調と平和こそが国益追求の最上の手段です。

理不尽な中韓に対し、自国の「面子」や「感情」よりも
緊張緩和のための「協調」を優先した大人の日本。
事情を良く知るアジア諸国は感動したことでしょう。
謝罪声明は確かに後世に残ります。
でも自国の面子や感情を犠牲にしてでも協調を目指した謝罪声明は、
戦争や対立の時代から平和や協調の時代に変わりつつある世界を
象徴する出来事として後世に語り継がれるかもしれません。

19世紀に先駆けて欧米支配を打ち破った日本は
20世紀に先駆けて平和を希求する国家として存在を世界に示しました。
人類はまた新たなるグローバルスタンダードを得たのかもしれません。

眠くなってきたので今日はここまでにしておきます。
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