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日経記事「格差を考える」下

引き続き、日経記事の紹介です。今回で終わりとなります。

格差を考える(下)

 振り子を戻すな 改革継続、成長こそ王道

政府の「再チャレンジ推進会議」。勝ち組・負け組が固定しないような政策を検討するため三月末に各省局長級を集めて発足。五月に中間報告をまとめる予定だ。事務局には、各省からの政策提案書が山積みになっている。五月下旬に北海道で開くタウンミーティングにあわせ「北海道で失敗から再挑戦で成功した若者の実例を調査中だ。

 敗者復活が必要

「格差問題にどう対応するか」。政府にとって古くて新しいこのテーマは、政治的には扱いが難しい。格差是正という聞こえのよいキーワードが、構造改革の歯車を逆転させる危険をはらむからだ。
「規制緩和による競争が元凶」「公共事業削減が都市と地方の格差を生んだ」。こんな批判は一般世論には響きやすい。与野党を問わず、格差是正を名目に、規制緩和見直しや公共事業増額を求める政治的な動きが生まれやすい。
だが、バブル崩壊後の十五年の苦闘の末に上向いてきた日本経済を支えたのは、企業や家計のリストラ努力と、規制緩和や構造改革だった。内開府によると、一九九〇年代以降の貨物輸送、電力、携帯電話など十四分野の規制緩和で、二〇〇二年度で約十四兆三千億円(国民所得の約四%)の経済効果があった。
この果実は政府の再分配による「結果の平等」ではなく、「機会の平等」の考え方に支えられた民主導の市場競争があったからこそ生み出された。今になって歯車を逆転させ、自らの才覚や努力で稼いだ人や企業を引きずりおろしても、日本経済という船が再び沈めば元も子もない。結果の平等を重く見るために起きる数々の談合事件は、公共事業のコストを高止まりさせ、国民に過度な負担を強いてきた。
経済的に余裕のない家庭の子供はチャンスすら奪われ、格差が固定しかねないとの批判がある教育問題。ここでも貫かれるべき原理は同じだ。政府がなすべきは、すべての子供が塾や私学に行けるよう所得を再分配することではない。塾や私学に頼らずとも、機会均等な公教育で学力をつけられるようにし、国民が「上にはいけない」と絶望しない環境をつくることだ。

 真の安全網を

石川県立の金沢泉丘高校は○六年度入試で東京大学合格者数は二十人と、前年度の三倍以上に増えた。○三年度から、大学教員による最先端技術の授業を含め独自に理数教育に力を人れた結果、学力が高まったという。東大進学率だけが学力の目安ではないが、石川県に限らず最近は地方公立校の健闘が目立つ。
トヨタ自動車系の部品メーカーのアイシン精機は北海道苫小牧市で部品生産に乗り出す。愛知県が本拠の同社が、北海道進出を決めたのは、人手不足の愛知より人材が獲得しやすいと判断したからだ。政府が税金を使わなくても、民間企業が伸びれば雇用のすそ野は地方に広がっていく。
「問題は所得の高い人がいることではなく貧困への対応だ」。貝塚啓明・東大名誉教授は、昨秋、格差に関する財務総合政策研究所の勉強会でこう訴えた。
再挑戦してもどうしても勝てない人や障害や病気などで十分な所得がない人々に政府がどう手を差し伸べるか。福井俊彦日銀総裁も「必要最小限のシビルミニマムとしての安金網は日本ではまだ議論されていない」と言う。その際に「高齢者や中小企業はすべて弱者」との発想は捨て、真に救うべき人々を探る「弱者の再定義」も必要になる。
低賃金の中国、インドの台頭で、世界的に賃金には下方圧力がかかりやすい。グローバル経済・市場をうまく機能させるための政府の役割は、真の弱者を救う安全網の再構築だ。日本の政策は、つい最近まで経済効率を引き下げる悪平等と批判されることが多かった。振り子を戻しても問題は解決しないだろう。


▼結果の平等と機会の平等 経済活動の果実である所得分配などを同じにするのが「結果の平等」。すべての人にチャンスを与えるだけで、分配は問題にしないのが「機会の平等」。「結果の平等」は政府による所得再分配を必要とすることが多く、大きな政府に傾く。「機会の平等」の立場は、競争に支えられる市場メカニズムや小さな政府を重視する。

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日本経済新聞 平成18年4月21日



ところで、韓国の大統領がまたやらかしてくれたようですね(笑)
さすが、説教強盗国家の首領だけあってフルパワーの厚顔無恥です。


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日経記事「格差を考える」中

引き続き日経特集記事の紹介です。


格差を考える(中)

 規制緩和悪くない 景気回復で所得底上げ

二〇〇二年の規制改革で車両を自由に増やせるようになったタクシー業界で、経営不振から立ち直った会社がある。バブル崩壊後に過剰債務で苦しんだ日本交通(東京・品川)だ。
「黒タク」人気にリストラと並んで進めたのが、通常タクシーと同じ料金でハイヤーさながらの高級感のあるサービスを提供する黒塗りセダン車、通称「黒タク」の導入だった。これが利用者の支持を得て、直近三ヵ月の実車率(客を乗せて走った走行距離の割合)も四七%と一年前に比べて二回上昇した。「今は実入りがいい黒タクを希望する運転手も多い」と川鍋一朗社長は言う。
「競争激化で運転手の勤務実態が過酷になった」と指摘されるタクシーの規制緩和。輸送人員が伸びないなかで車両数は増加し、○四年度の一日一台あたりの営業収入(全国平均)は二万八千九百八十五円と二〇〇〇年度に比ベー割減った。既存業者や運転手には確かに厳しい改革だった。
だが、黒タク、車いす対応の福祉タクシー、長距離割引など規制時代には生まれなかったサービスが登場し、消費者は恩恵を受けた。
○四年四月に営業を開始したトマト交通(福岡市)の増田治社長は、「タクシー業界にはサービス接客業としての意識が欠けていた」と指摘する。業界は不況期の雇用の受け皿にもなり、法人タクシーの運転音数は五年間で一
万八千人増えた。景気回復のすそ野も広がり始め、東京無線の登録タクシーの一日当たり営業収入は三年前は四万八千円程度だったが、三月の最終週には最大で六万七千円まで跳ね上がり、バブル期にほぼ並んだ。
規制緩和は突然、始まったのではない。二度のオイルショックから立ち直り、存在感を高めた日本経済は一九八〇年代に市場を開放し、規制緩和を進めることで世界と共存する道を選んだ。八四年の日米円ドル委員会報告で金利自由化が始まり、金融業への参入規制の緩和などが進んだ。通信規制の緩和では九〇年代後半にPHSや携帯電話、インターネットなどが爆発的に広がった。
裏側では既存の業界は厳しい競争にさらされ、淘汰も起き、利用者は自己責任を聞かれた。だが、規制緩和で「経済力の過度の集中などが改められた」(R・ラジャンらの近著「セイビング・キャピタリズム」)。この原点を忘れ政府介入、保護主義に戻ることを選択すれば日本経済は再び長期低迷に陥りかねない。

 再挑戦する若者

長期不況やデフレが生んだもう一つの格差の象徴、「二ート」「フリーター」。二十五−三十四歳の若年層は九〇年代の新卒採用抑制の影響をもろにかぶった。
九七年には失業者の四分の一がこの世代だった。日本は所得が平均の半分以下しかない世帯の割合を示す貧困率が一五・三%(二〇〇〇年)と世界五位だが、これも若年層の影響も大きいとの見方がある。
だが、景気回復で彼らにも「底上げ」のうねりが押し寄せている。今月一日、福岡銀行は派遣社員約四百人を正社員として採用する措置に踏み切った。人材派遣大手アデコ(東京・港)も派遣先企業で人材が正社員として取り込まれる例が後を絶たない。
「リベンジ(復しゅう)転職」。就職氷河期に大学を卒業した三十歳前後の若者の間ではこんな言葉も使われる。総務省によると派遣・パートなど一非正規雇用」から正社員への転職は、○五年で前年比一七%増の四十一万人に達した。
問題はこの動きがどこまで広がり、「負け組]を固定化しないようにするか
だ。日本総合研究所の太田浦主任研究員は「経済の持続的成長があれば、所得の低い層の拡大を食い止められる」と指摘する。成長の過程で富める者がより豊かになり格差が広がるとしても、全体が底上げされる限りは恐れるには及ばない。


▼ニートとフリーター 学校に行かず、仕事もせず、職業に就くための訓練もしていない十五−三十四歳の未婚者がニート。総務省の調査では二〇〇四年時点で約六十四万人。フリーターは正社員ではないが働く意思はあり、アルバイトやパートの仕事を希望する若者のこと。○三年に二百十七万人いたが、雇用改善を背景に○五年には二百一万人に減った。

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日本経済新聞 平成18年4月20日






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日経記事「格差を考える」上

先週の日本経済新聞の一面で特集記事「格差を考える」が3日連続で掲載されました。昨今良く見聞するキーワードでもありますし、参考までにOCRでテキスト化してアップしていきたいと思います。久しぶりにOCRを使ったので、かなり時間が掛かってしまいました(涙)


格差を考える(上)

 先走る印象論 「改革で拡大」根拠乏しく

日本の経済格差の広がりを指摘する声が増えている。規制緩和や成果主義など企業社会の変化、構造改革が格差を助長しているとの指摘も多い。果たしてそれは事実なのか。格差を巡る真の問題は何かを考える。

一月二十四日の参院本会議。自民党の青木幹雄参院議員会長は小泉純一郎首相に「日本が光と影に二極分化し、格差が広がっている」とただした。

 甘い援助基準も

「格差」を首相の改革路線の負の側面と位置づけ、「弱者や地方への配慮」を引き出そうとする思惑が垣間見えた。与野党には格差の名を借りた「改革批判」が今もくすぶる。
格差は広がっているのだろうか。経済学者の小宮隆太郎氏は言葉の定義も測り方も不明確」とし、イメージ先行を警告する。「怠けている人と一生懸命働く人の所得が異なることを格差というのだろうか」。小宮氏はより精緻(せいも)な分析が必要という。
所得格差を示す指標、ジニ係数。高度成長期には所得均等化を決して低下したが、厚生労働省調査で最新の二〇〇一年は〇・四九八三と三年前に比べて○・O二六三ポイント上昇した。所得分布が不平等になり、「持てる者」と「持たざる者」の差が開いたようにみえる。
だが、内容を分析すると、高齢者世帯の増加が上昇分の六四%を占める。現役時代の成果が所得の差につながる高齢者が増えれば、いつの時代でも係数は上がりやすい。単身世帯の増加などで世帯人員が減ったことも係数上昇の二五%分に相当する。この二つで上昇分の九割だ。「構造改革が格差を拡大したという議論は全くの間違い」と島田晴雄慶大教授は強調する。
東京都足立区。自治体が給食費などを支給する就学援助の利用が多いと報じられ、「格差に伴う貧困増大」の象徴となった。援助を受ける児童・生徒の比率の全国平均は一二・ハ%(○四年度)。足立区はこれが四二・五%で、十年前の二・六倍に上がった。区幹部は「中小企業が多く、不況で利用が増えた」という。「制度が周知され、利用に抵抗感がなくなったことも一因」との声もある。
足立区は夫婦子二人の四人世帯の年収換算で最大五百八十万円程度までが援助対象になる。所得税を払わない課税最低限の年収を大きく上回る。一方、国税庁の○三年分の給与階級別分布調査では、全国の給与所得者の七割近くが年収五百万円以下に入ってしまう。
埼玉県川越市の外部監査委員会は○四年度の学校給食費援助に関連し、「能力があるのに負担を免れている人」が多くなる可能性に触れた。援助が必要な人はむろんいるが、同市では足立区を上回る年収七百万円程度が援助対象になることもあり得るという。
弱者は確かに存在する。セーフティーネット(安全網)も必要だ。だが、その利用拡大のどこまでが「真の貧困」なのか、検証は十分ではない。厚生労働省は暴力団組員の生活保護費受給を原則として排除する措置を今月から導入した。
 
 団塊のしわ寄せ
 
もちろん、見逃せない格差拡大もある。
三月中旬。若者の就業を支援する団体が都内でセミナーを開いた。「就職しないと生涯賃金に差が出るし、結婚もできない」。会場からはこんな声が漏れた。総務省調査によると、三十歳未満のジニ係数は一九九九年からの五年間で○・○一七百上昇。他の年齢層よりも上昇率が高い。
過去の長期不況でリス卜ラを迫られた企業は「団塊の世代」などの雇用を維持して既得権益を守る引き換えに、若者を迎える門を狭めた。

残ったのは若年層の一部が「失われた世代」として固定化する懸念だ。
この問題は「格差」を言い募っても解決できない。景気回復をいかに持続させ、再挑戦の機会に富む柔軟な経済をつくり上げるか。試されるのはこれからだ。
 
▼ジニ係数 所得分配を測る指標。範囲はゼロから一。係数ゼロは全員の所得が同じで、一なら一人が全所得を独占する。〇・五は「上位四分の一」が全所得の四分の三を占める。総務省の「全国消費実態調査」(約六万世帯)、厚生労働省の「所得再分配調査」(約一万世帯)などから算出する。厚労省分は二〇〇一年、総務省分は○四年が最新データ。

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日本経済新聞 平成18年4月19日





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ネット世論調査「竹島問題」

ネット記事は数日でリンク切れになることがありますので、世論調査に用いる記事保存のためのエントリです。


世論調査はこちらです。ご協力をお願いします。

[竹島問題] 日韓合意に対するあなたの評価は?


一時は決裂寸前も、竹島日韓合意は「痛み分け」

 【ソウル=中島健太郎】竹島周辺海域での海洋調査を巡る日韓交渉は22日夜、両国の意見の食い違いが続く状態から一転、合意に達した。交渉は合意直前まで曲折をたどり、一時は決裂寸前の場面もあった。

 韓国は6月の国際会議に韓国名称を提案せず、日本は海洋調査を当面行わないことで、とりあえず「痛み分け」で矛を収めた形だ。

 難航した交渉の焦点は、日本側が要求していた「6月の国際会議で竹島周辺の海底地形の韓国名を提案しない」ことを合意に盛り込むかどうかだった。日本の要求に対し、韓国は「合意に含めることは、認められない」とかたくなに拒否する姿勢を崩さなかった。

 「これは絶対に譲れない一線だ。これが入らないなら、席を立って日本に帰ってきていい」

 22日昼過ぎ、谷内正太郎外務次官が安倍官房長官に経過報告をすると、安倍長官はこう指示した。

 このため、谷内氏らは「日本は海洋調査の『延期』ではなく、『中止』と明言し、譲っている。韓国が応じないなら帰る」と韓国側に譲歩を強く迫った。

 しかし、韓国も簡単に折れなかった。国際会議への地形名称の提案時期について、「6月の国際会議で提案すると発表したことはない」(柳明桓=ユ・ミョンファン=外交通商省第1次官)と柔軟姿勢を見せながらも、「名称提案は韓国の権利」と交渉の最終段階まで抵抗した。日本政府筋は「盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が過激なまでに強硬姿勢だったため、韓国の外交通商省も振り上げた拳をおろせなくなっていた」と分析した。

 22日午後には、決裂寸前の場面もあった。柳次官が会談を打ち切り、会談場所のホテル38階から地下まで下りて車に乗り込もうとした。日本側は極秘メモを渡し、何とか部屋まで連れ戻した。韓国の一部メディアは「交渉は決裂した模様」と報じ、日本外務省は火消しに懸命になった。

 結局、韓国が6月の国際会議に名称提案しないことは「谷内氏が確認」することとし、日本側がそれを公表することについて、韓国側は「勝手にすればいい」と突き放す形で、協議はまとまった。

 韓国側は「6月の国際会議に韓国名の提案をしない」と明言しておらず、日韓双方のメンツが立つ“玉虫色”の決着と言える。外務省筋は「合意2時間前まで、決裂を前提に、22日中に谷内次官らは日本へ帰る予定だった」と語り、ギリギリの交渉だったことを明らかにした。

(2006年4月23日1時48分 読売新聞)



23日付各社社説

 [竹島衝突回避]「これからも冷静さが必要だ」

 竹島周辺海域の調査を巡る日韓の対立は、話し合いで決着がつけられた。

 日韓関係に大きな亀裂が走れば、地域の平和と繁栄の基盤が損なわれる。双方とも日韓関係の重要性を認識しているからだろう。

 合意内容は、日本が調査を中止し、韓国も6月の国際会議に海底地形の名称を提案するのを見送る、というものだ。

 日本が調査を計画したのは、韓国の地名提案の動きに対抗し、対案作りのためデータ収集が必要となったからだ。韓国が提案を控えれば、日本も調査を急ぐことはない。

 韓国が調査中止の「名」を取り、日本が地名提案見送りの「実」を取った、とも言える。

 調査海域は、日韓双方とも自国の排他的経済水域(EEZ)と主張している係争海域だ。沿岸国に海底開発など主権的権利を認めていても、基本的には公海と同じ扱いだ。「科学的調査を行う自由」はすべての国に保障されている。

 今回の調査が、盧武鉉大統領の言うような「過去の侵略を正当化しようとする行為」であるはずもない。

 竹島の領有権は、双方の主張が食い違っている以上、本来、国際司法裁判所の裁定にゆだねるしかない問題だ。

 韓国は、地名提案は「適切な時期に行う」としているため、同様の問題が再燃する可能性もある。そうした事態を避けるためには、領有権問題と切り離して、この海域での日韓双方の活動のルールを整備することが重要だ。

 ルールを整備する前提として、EEZがきちんと画定されることが望ましい。今回、局長級によるEEZ画定交渉を5月にも再開することで合意した。粘り強く交渉を進めてもらいたい。

 海洋調査などを行う際に、事前通報する制度を導入するのも有益だろう。

 事態が予想外にこじれた一因には、双方が「自国のEEZだから、通報義務はない」という態度だったこともある。

 今回の交渉では、日本が導入を打診し、韓国が難色を示した。一種のセーフティーネットとして、韓国も前向きに導入を検討してほしい。

 この海域を巡っては、事実上の「共同管理」とした日韓漁業協定が1999年に発効している。だが、7年余りたった今も、具体的な操業条件が確定せず、日本漁船は締め出された状態にある。こうしたことが、「竹島の日」を条例で定める島根県の動きにもつながった。

 今回の決着を、日韓関係を良好なものとする流れにつなげたい。そのためには相互の知恵と努力が必要である。

(2006年4月23日1時53分 読売新聞)



日韓の妥協 まずはホッとした

 日韓の交渉決裂という事態はなんとか避けられた。竹島の近海で日本が予定した海洋測量調査をめぐり、最後は双方が主張を引っ込め、穏当な妥協にたどり着いた。

 それにしても、どうしてここまで緊迫してしまうのか。領土がらみの問題が民族主義的な感情に火をつけやすいことはあるにせよ、日韓の間に横たわる過去をめぐる溝の深さをあらためて思わないではいられない。

 海底の山や谷の名称を検討する国際会議が6月に開かれる。それに合わせて韓国には、竹島周辺を韓国式の名に変えるよう提案する動きがある。日本はこれに対抗する狙いもあって、海底の測量調査を計画した。

 火種になったのは、竹島の領有権争いがからんで両国の排他的経済水域(EEZ)が重なり合う海域の調査だ。双方とも自分のEEZであると譲らず、韓国側は日本が調査を強行すれば測量船の拿捕(だほ)も辞さない構えを見せていた。

 結局、日本は調査を取りやめる。韓国も今度の国際会議では提案しない。そんな合意がとりあえずできた。

 今の段階ではこれしか考えられないという現実的な妥協である。危機を回避した双方の努力を評価したい。

 争いの元となったEEZの線引きについても、5月にも交渉を再開することで合意した。息の長い交渉になるだろう。

 今回の騒ぎで遺憾なことがあった。

 「侵略戦争で確保した占領地について権利を主張する人たちがいる」。盧武鉉大統領は、そんな表現を使って日本を非難している。

 領有権を主張しているのは事実だが、これでは国家指導者が先頭に立って民族感情をあおっているようではないか。問題の解決には何の役にも立たない。

 人や経済、文化の交流がこんなに広がっている隣国同士なのに、「拿捕」とか「侵略」とかいう過激な言葉が飛び交うのはなんとも情けない。

 そもそも領有権の主張は簡単に折り合えるはずもない。容易に決着しないからこそ、緊張を避ける現実的な知恵が必要だろう。

 それぞれの立場は立場として、領有権はとりあえず棚上げし、今回のような科学調査が無用な緊張を生まずにすむルールを編み出してほしい。

 日韓の漁業協定では、竹島の周辺海域を入会地のような「暫定水域」にした。日本と中国の間には、EEZ内の海洋調査について2カ月前までに相手方に伝える事前通報の制度ができている。

 実際は、暫定水域に日本漁船が思うように入れていない。事前の通報もなしに中国が調査をする例も少なくない。

 とはいえ、そういう制度があるとないとでは、大きな違いである。

 それぞれが調べた海底のデータを少しずつでも交換する。調査そのものにも協力し合う。そういう成熟した関係を思い描いてみたい。
 
朝日新聞社説



外交交渉で当面の危機回避した日韓(4/23)

 日本政府による竹島(韓国名・独島)周辺での排他的経済水域(EEZ)での海洋調査をめぐる日韓の対立は、ソウルでの外務次官協議で当面の危機を回避する合意が成立し、双方の船舶が海上で衝突する最悪の事態は避けられた。

 日本側によると、合意は(1)韓国側は6月の国際会議小委員会に竹島周辺の海底の独自地名を提案しない(2)日韓両国はEEZ境界線を画定する協議を5月中にも局長級で再開する(3)日本は予定していた海洋調査を中止する――などが主な内容である。

 日韓間では双方が竹島の領有権を主張し、それぞれが自国の領有を前提に設定したEEZに重複部分がある。韓国は4年前から重複部分を含めた調査を実施し、それに基づいた海底の独自地名を6月の国際会議小委員会に提案する構えを見せたため日本側は韓国による竹島の実効支配を一層強めると判断し、調査を急ごうとした。

 したがって日本側は韓国が6月の会議での地名提案を見送れば、調査を中止する考えを早い段階で伝えていた。今回の合意は、独自地名の提案について「韓国側は必要な準備を経て、適切な時期に推進する」ともしているが、いずれにせよ、EEZの境界線の画定は再開される局長級協議で続けられることになる。

 合意に至る過程では韓国のナショナリズムの強さを見せつけられた。盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は日本による海洋調査を「日本の国粋主義性向を持った政権が過去の侵略の歴史を正当化する行為」と述べ、潘基文(バン・キムン)外交通商相も「独島問題は韓日関係より上位の概念」と強硬論を述べた。

 日本側は「互いに冷静に対応することが大切だ」(安倍晋三官房長官)を基本に交渉による解決を目指した。韓国では小泉純一郎首相の写真を破損する街頭行動もあったようだが、多様な価値観を認める民主主義社会では過激な排外的言動に対しては自省の動きが出てくるのが自然であり、それを期待したい。

 領土に絡む問題はナショナリズムを刺激する。であればこそ交渉には静かな雰囲気が必要であり、当事者間の基本的な信頼関係も欠かせない。特に韓国外交通商省にとって今回の協議は国内世論の激しさをどう収拾するかに悩みながらの交渉だったろう。

 当面の危機を回避した今回の交渉で当事者間に信頼関係が生まれたとすれば、雨降って地固まるの効果があったことになる。そう断定するには今後を見る必要がある。

日本経済新聞社説



世論調査はこちらです。よろしくお願いします。

[竹島問題] 日韓合意に対するあなたの評価は?

宗教法人課税の是非

先日紹介しました世論調査サイトで新たに設問を設けてみました。

宗教法人への課税について

興味がありましたら是非清き一票を。
先日設けた設問も引き続き投票を受け付け中です。

民主党の右派は今後どうするべきか

国連負担金についてどう思われますか

設問を設けてから数日たちましたが、結構多くの方に投票いただいているようで、とてもうれしいです。
結果もなかなか興味深いものになっています。

もっとサンプルが集まったら、各方面への要望等をするのにも説得力が段違いになるのは確実。そういった意味でも、投票をしていない方は是非ご協力ください。よろしくお願いします。



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インターネット世論調査

面白い世論調査サイトがありましたので、早速登録して設問を2つ登録してみました。

民主党の右派は今後どうするべきか

国連負担金についてどう思われますか


投票は登録なしで行えますので、お暇がありましたら是非ご参加ください。この設問自体を各所で広めていただくことも歓迎します。投票数が多ければ多いほど真の民意に近づきますから。

他にもいろいろなジャンルの設問が用意されています。
ブログの狭い世界に引きこもっていては、なかなか世の中の真の動きや世論は見えてこないですし、この世論調査サイトは使い方次第によってはなかなか面白い展開ができそうです。


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永遠に許されない日本

前日に続き、「台湾の声」から配信された記事です。


日本の謝罪目的達成せず/中韓に受け入れ意思なし 

米国人日本研究者、学術書で分析

[2006年04月03日 産経新聞朝刊]

【ワシントン=古森義久】日本の戦後の対外的な謝罪をすべて記録し、分析した「第二次世界大戦への日本の謝罪」と題する珍しい学術書が米国で出版された。著者である米国人の新進日本研究者は、現代の世界では主権国家が過去の行動について対外的に謝罪することは極めてまれだとし、日本が例外的に謝罪を表明しても所定の目的は達していないと述べ、その理由として謝罪される側に謝罪を受け入れる意思がないことを指摘した。

 著者は、ミシガン州のオークランド大学講師で新進の日本研究学者のジェーン・ヤマザキ氏で、同書は今年初めに出版された。 米国の学術書としては、初めて一九六五年の日韓国交正常化以降の日本による国家レベルでの謝罪内容をすべて英文にして紹介し、日本の謝罪の異様で不毛な側面を詳述した点で異色であり、三月末の時点でも米国の日本研究者の間で注目され、活発な議論の対象となっている。 ヤマザキ氏は、二〇〇二年にミシガン州のウェイン州立大学で日本現代史研究で博士号を得た学者で、日本留学や在住歴も長い。本人は日系ではなく、夫が日系三世だという。

 同書は、日本の「過去の戦争、侵略、植民地支配」に関する天皇、首相、閣僚らによるさまざまな謝罪を紹介しながら、「主権国家が過去の自国の間違いや悪事を認め、対外的に謝ることは国際的には極めてまれ」だと指摘している。 国家が過去の行動を謝罪しない実例として「米国の奴隷制、インディアン文化破壊、フィリピンの植民地支配、ベトナムでの破壊、イギリスによるアヘン戦争、南アフリカ、インド、ビルマ(現ミャンマー)などの植民地支配」などを挙げ、現代世界では「国家は謝罪しないのが普通」だとし、過去の過誤を正当化し、道義上の欠陥も認めないのが一般的だと記す。 

 その理由については「過去への謝罪は自国の立場を低くする自己卑下で、自国への誇りを減らし、もはや自己を弁護できない先祖と未来の世代の両方の評判に泥を塗る」と説明している。 同書は、日本が例外的に国家謝罪を重ねていることの動機として、
(1)特定の国との関係改善(対韓国のように過去を清算し、和解を達成して、関係をよくするという目的)
(2)歴史の反省からの教訓(過去の過ちを認め、その教訓から新しい自己認識を作るという目的)
(3)道義的原則の確認(過ちの当事者はもういないが、新たな道義上の原則を対外的に宣言し、誇示するという目的)
などを挙げる一方、日本のこれまでの国家謝罪は国際的に日本がまだ十分に謝罪していないという印象が強い点や、中国や韓国との関係がなお改善されない点で失敗だと総括している。

 同書はさらに、日本の謝罪の評価指針として「過ちの特定」「謝りの用語」「謝罪表明の当事者選定」「謝罪への反応」などを挙げ、日本側にも問題があるとしながらも、「謝罪が成功するには受け手がそれを受け入れる用意があることが不可欠なのに、韓国や中国は謝罪受け入れの意思がなく、和解をする気がない」という点を強調している。 同書は基本的に日本の過去の戦争関連行為が悪であり謝罪や反省は必要だという立場をとりながらも、日本国内の保守派に根強い謝罪反対にも理解を示し、
国家謝罪は
(1)その国家の政治的正当性に疑問を投げかける
(2)自国の先祖や伝統を傷つける
(3)現実の訴訟や賠償支払い義務の土壌をつくる
などの点を指摘した。



「謝罪が成功するには受け手がそれを受け入れる用意があることが不可欠なのに、韓国や中国は謝罪受け入れの意思がなく、和解をする気がない」
極めて常識的な見解ですが、自虐報道あふれる日本では新鮮そのもの。アメリカ人学者の手による書籍で「三月末の時点でも米国の日本研究者の間で注目され、活発な議論の対象となっている」という状態ですから、「舶来モノ」に弱い日本人にもそれなりの説得力を持つでしょう。そういった意味でもこの客観的な立場にある第三者の論評は価値あるモノだと思います。

しかし、アメリカは移民国家。WBCでは目に見える形で改めてわかったことですが、在米コリアンの多いこと多いこと。今後も中国系韓国系のアメリカ人は増え続け、その中には高い社会的地位を得て、社会に影響力を及ぼす人物も出てくるに違いありません。彼らが影響力を振るう前に捏造反日プロパガンダの芽はしっかりと摘んでおくべきでしょう。今やっておかないと、反証反論はますます大変なものになるでしょう。

日本は中韓の執拗な反日洗脳プロパガンダ戦術を決して侮ってはなりません。「嘘も百回繰り返せば真実となる」とは、ナチの宣伝相ゲッペルスの言葉ですが、嘘にまみれたことでも自信たっぷりに訴えかけられれば、人はそれを信じます。一般的アメリカ人にとってはアジア情勢などまるで興味のないことですから、なおさら「初体験」のイメージは末永く刷り込れ、容易にその洗脳は解けないものです。

WBCでも日本人の振りをした韓国人(在米コリアンかも)によるアメリカを侮辱し貶めるような書き込みがアメリカの掲示板に頻発していたようですが、こういった卑劣きわまりない草の根の日米離間工作もバカにはできないと思います。奴らはやたらと粘着質ですから。

政府は本腰を挙げて中韓の捏造プロパガンダや世論誘導工作に対して対策を執らないと、日本はいわれなき誤解を受け不利な立場に追いやられてしまいます。思えば戦前の日本もそうでした。なぜ、政府は外務省は歴史の教訓に学ばないのか。豊かな国が情報戦略を疎かにすることは亡国への道です。残念ながら現実の世界は、未だ国益の最大化を目論む野獣国家同士の争覇の場なのですから。


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本日の記事とは全く関係がありませんが(笑)こちらの良記事も是非。

朝鮮д゚)カンサツ日記 【催涙スプレー噴射事件】朝日新聞の巧妙なレイアウト(笑)

産経記事「自民党と中国」

私の取っているメルマガ「台湾の声」は、台湾関係の情報の他にもネットソースにない良記事をテキスト化して配信してくれます。
政治系ブログは週末はお客さんが少ないので、今日は3回に分けて送られてきた産経新聞の記事をまったりと紹介したいと思います。太字赤字などは、もちろん私によるものです。


【保守新時代】第四部 自民党と中国(上)(2−1)


産経新聞 2006年4月2日

取り込まれた友好7団体


 中国の国家主席・胡錦濤が三月三十一日、元首相・橋本龍太郎ら日中友好七団体の代表者らが顔をそろえた北京市内の人民大会堂で、首相の靖国神社参拝を非難し始めると三十人以上が座っていた大広間はシーンと静まりかえった。
 「意外とはっきり言ったな」

 出席者の一人は、「ポスト小泉」の首相が靖国に参拝しても首脳会談に応じないとの主席のメッセージに戸惑った。前夜、在中国大使・阿南惟茂から「靖国問題でどういう話をしたらいいか、(中国の)上層部が議論している」と聞かされていた。だが、訪中団には「今回は友好第一で靖国問題で具体的な言及を避けるのでは」という楽観論が流れていたからだ。

 橋本は「日本へのメッセージとして受け止める」と言うのがやっとだった。

 翌四月一日の中国共産党の機関紙「人民日報」は、「胡錦濤は、日本の指導者がA級戦犯をまつる靖国神社を参拝しない決断をすれば、すぐに関係改善のため首脳会談に応じると強調した」との大見出しで一面に記事を掲載した。だが、会談で元自治相の野田毅が、「戦争の被害者への思いが日本には欠けているが、中国も愛国教育が反日につながっていないか考えてほしい」と主席にやんわり注文をつけた事実は一行ものらなかった。

 中国が「ポスト小泉」をにらんで、古くから日中友好に努めてきた七団体=別表=を「対日宣伝戦」に活用したのは明白だった。

 中国の対日工作は、昨年十月の小泉の五度目の靖国参拝直後から活発化した。政府筋によると、駐日大使の王毅は昨年十二月に一時帰国し、党や政府幹部と対日方針の協議を重ねたという。そこで、「靖国問題で妥協しない」「対日重視の姿勢を打ち出す」「経済、文化など各分野での日中交流を拡大する」との方針をまとめ、王は日本に戻った。

 二月中旬には大阪、福岡など国内五カ所の総領事を東京に急遽(きゅうきょ)集め、「日本の世論に注意を払いながら(各界に)働きかけるように」と命じたという。こうした動きに自民党幹部は「七団体の訪中招請は中国の対日方針を踏まえたものだ。中国は『ポスト小泉』を親中派にしようと動いている」と不快感を隠さない。

 日中関係筋によると、中国の対日政策責任者が「七人のサムライ」と呼んで頼りにしている現役の自民党議員がいる。七人は(1)河野洋平(2)福田康夫(3)野田毅(4)二階俊博(5)加藤紘一(6)山崎拓(7)高村正彦−で、順位は「親中」の度合いと期待度なのだという。

 町村信孝は外相在任中、反日デモや中国原潜の領海侵犯が相次いだころ、「親中派」の有力議員と言い合った。その議員は「中国にはあまりモノを言ってはいけないんだよ。日本がモノをいわないで日中関係は成り立っているんだから」と忠告したが、町村は「違う。日本は主張しないできたから国民に反中感情が生まれた。議論はしなければいけない」と反論した。

 一方、「親中派」の野田は、「トップがケンカするなら皆が一緒にケンカするのか」と、議員外交が中国との友好関係を維持していると強調する。そのうえで「抗議や主張をするだけが外交ではない。外交は結果だ。今の対中外交は主張すればするほど、望んだ方向とは違う方向に進んでいる」と語る。

 「親中派」ながらかつて中国から「争友(互いに競いあう間柄の友人)」と言われた人物がいた。日中国交正常化に尽力した元厚相、古井喜実(平成七年死去)だ。中国が改革開放に沸いていたころ、中国要人が古井にこうたずねた。

 「どうですか。今の中国は明治維新よりも発展のスピードは速いでしょう」。古井は「いや。日本に及んでいない点が二つある。教育制度と港湾整備だ」と即座に指摘したが、中国要人は大きくうなずき、耳を傾けたという。

 胡錦濤と友好団体代表との会談では、東シナ海のガス田や在上海総領事館員の自殺など中国にとって耳障りな話題は出なかった。問題山積の今こそ「争友」が求められる。

                  ◇

 小泉政権の誕生以来、日中関係は「国交正常化以来、最悪」(日中関係筋)の状態にある。九月の自民党総裁選でも対中外交が大きな争点として浮上する中、自民党と中国の関係を検証する。(敬称略)



■【保守新時代】第四部 自民党と中国(上)(2−2)
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対中外交、翻弄される日本


 昭和四十七年の日中国交正常化とそれに伴う「日中友好ブーム」は、その後の自民党政権を呪縛(じゅばく)し続けてきた。昭和六十一年、当時の首相、中曽根康弘は靖国神社参拝をとりやめたが、日本側の対中配慮や譲歩は、不発に終わった。一方で、中国による対日工作は、より巧妙化している。(敬称略)
 ■報われぬ配慮と譲歩

≪「友好」の呪縛≫

 「中国は礼節の国だと思うが、それにしては李肇星外相の発言は品位がない。昨年五月に呉儀副首相が小泉純一郎首相との会談をドタキャンしたのも、とんでもない」

 衆院外務委員長の原田義昭は三月二十二日夕、東京・元麻布の駐日中国大使館を訪ね、大使の王毅に抗議した。李が記者会見の場で、首相の靖国参拝を「愚かで道徳に反する」「ドイツではヒトラーやナチスを参拝する指導者はいない」などとののしったからだ。

 王は「(外相は)ドイツ人の発言を引用しただけだ」と強く反論したが、「原田さん、中国にぜひ来てください」とリップサービスも忘れなかった。

 中国が「歴史カード」を切った最初は、昭和五十七年の教科書誤報事件だ。日本のマスコミが教科書検定で、文部省が「侵略」を「進出」に書き換えさせたと報道。事実無根だったにもかかわらず、中国の抗議に官房長官の宮沢喜一は「政府の責任において是正する」と談話を発表した。

 以来、中国はことあるごとに歴史問題をとりあげてきた。在京の外交官は「中国は、他の外交案件を有利に進めるため水戸黄門の印籠(いんろう)のように靖国を持ち出し、日本側が『申し訳ありません』と平伏するのを期待している」と分析する。

 こうした中国の意向を無意識に支援する役割を担ってきたのが「親中派」の政治家だった。

 米ランド研究所がまとめた報告書「中国の政治交渉行動様式」は、次のように記している。

 「中国と個人的関係を結んだ外国政治家は、その国では『中国に食い込んだ人物』とか『中国にパイプを持つ人物』とされており、中国側とのきずなが自国側での地位や評判の基礎となる」「その種の政治家は中国とのきずな保持による自分の名声を崩さないため、中国の要求を実現させようと懸命になる」

≪盤石の関係?≫

 三月十五日、自民党旧宮沢派の流れをくむ議員らが呼びかけた「アジア戦略研究会」の設立総会が開かれ、衆院議長・河野洋平はこう熱弁をふるった。

 「宮沢首相による天皇訪中の決断が、日中関係を非常にしっかりした盤石なものにした」

 天皇、皇后両陛下が訪中された平成四年当時、中国は民主化を要求した学生らを弾圧、多数の死傷者を出した天安門事件の後遺症にあえいでいた。国際イメージは失墜し、海外からの投資は激減。この窮地にいち早く手を差し伸べたのが日本だった。

 前年八月には、首相の海部俊樹が訪中し、対中制裁を全面解除したが、「中国と結びつきが深い竹下登元首相の強い働きかけがあった」(関係者)という。

 海部の後任である宮沢は、党内の根強い反対論を押し切って天皇陛下ご訪中を閣議決定した。元外相の銭其●は回想録で、「中国が西側の制裁を打ち破る最も適切な突破口になった」と書いている。

 靖国問題での譲歩も報われなかった。中曽根は昭和六十年八月十五日に靖国を公式参拝。ところが、翌年は中国の反発を受け参拝をとりやめた。

 中曽根は「参拝をやめたのは胡耀邦さん(当時の総書記)が私の靖国参拝で弾劾されるという危険性があったから」と後に記し、日中関係を重視した胡を守るためだったと説明する。胡は失脚したが、中国は、この経験から靖国問題の「外交カード」としての有用性に気付いた。外務省の元中国課長は、こう指摘する。

 「中国外交に原則があるようにいう人がいるが間違いだ。彼らは無原則で利にさといだけだ」

 ■親中派操り、飽くなき圧力

≪ハニートラップ≫

 昨年末、在上海総領事館の電信官が、中国の公安関係者から女性関係で脅かされ、情報提供を迫られたのを苦に自殺していたことが明るみに出た。こうした工作活動が映画や小説ではなく、現実に存在することが白日の下にさらされた。

 「映画『ミュンヘン』にハニートラップ(甘い罠(わな))が出てくる。女性を餌にした罠だ。情報の世界は非常にシンプルで、大昔から色と欲だ」

 元内閣情報調査室長の大森義夫はこう語る。

 平成八年には、当時の首相、橋本龍太郎に関する怪文書が、永田町に出回った。橋本が中国の公安関係者である女性と交際していたという内容で、国会でも取り上げられたが、「疑惑は、いまだ解明されていない」(公安筋)という。

 最近もポスト小泉候補の一人が「ハニートラップ」にかかっていたとの週刊誌報道があった。

 一連の「怪情報」について、元公安調査庁第二部長の菅沼光弘は「中国側がわざわざ流してきた」と話す。身に覚えのある者は「中国の要望通りに動くようになるからだ」という。

 もっとソフトな懐柔工作もある。駐日中国大使館は昨年暮れ、北京駐在経験のある日本人記者百数十人を招き「ギョーザ・パーティー」を開いた。ゲストには人気の「女子十二楽坊」を呼び、生演奏でもてなした。

 中国は、硬軟取り混ぜた働きかけで、日本から多額の円借款を引き出し、経済的にも着々と力をつけてきた。そして時折、本音も漏らす。

 一九九五年春、マレーシアを訪れた江沢民は、中国系の有力者を集めた会合で、こう宣言した。

 「二十一世紀になれば、遠からず中国の時代が来るでしょう。日本は今後、経済的にも政治的にも衰退していく」



【保守新時代】自民党と中国(中)親中派に利権誘導の影

[2006年04月03日 産経新聞朝刊]

 太平洋を望む和歌山県南部の旧「グリーンピア南紀」の広大な跡地では、ウグイスの群れが桜を散らしていた。敷地を貫く熊野古道を散歩していた初老の男性は、こうつぶやいた。 「年金で集めたカネは大事に使ってもらわんと。中国の会社に安く売るそうだけど、何とかならなかったのかねえ」 約百二十二億円の年金資金を投じて建設された大規模年金保養施設・グリーンピア南紀は、業績不振のため三年前、閉鎖された。那智勝浦町側の約三百ヘクタールの土地や宿泊施設は昨年十二月二十六日、一億六千万円で中国系リゾート会社「BOAO(ボアオ、蒋暁松会長)」に引き渡された。賃貸借契約だが、十年後に支払い済み賃料を譲渡代金に充てる契約で、事実上の売却だ。

 建設費の四十五分の一の値段でいったん地元自治体に払い下げられたグリーンピアに関心を持ったのは、BOAOだけではない。那智勝浦町によると二十四団体から打診があり、「十数億円規模のオファーもあった」(地元有力者)という。 蒋は、中国・海南島リゾート開発の立役者であり、新日中友好21世紀委員会のメンバー。経済産業相・二階俊博は「心と実行力があるパートナー」(平成十六年十月の講演)と評し、蒋の紹介で前中国国家主席・江沢民の長男と食事をしたこともある。

 その蒋と那智勝浦町長の中村詔二郎は、賃貸借契約書の署名を経産省の大臣応接室で行った。関係者は「たまたま二階先生と蒋会長が懇談中ということで、町長が出向いた」と明かす。 参院予算委員会で、この問題を取り上げた参院議員の大江康弘は「最初からBOAOへの譲渡ありきで、政治的思惑をもって導いた疑問を持つ」と語る。 

 グリーンピアの残り約六十ヘクタールを所有する太地町はBOAOとの契約を見合わせている。那智勝浦町は「事業計画や中国・海南島開発の実績にかんがみ、日中友好と地域活性化のメリットがあると判断した」と釈明する。ただ、一昨年に町長や町議有志が海南島を視察、グリーンピアを所管していた旧年金資金運用基金を通じ、BOAOを紹介されたことは認めた。蒋に経緯を聞こうと、BOAOに取材を申しこんだが、電話口に出た男性は「本人がどこにいるかも分からない」と電話を切った。                  

◇ 自民党と中国の関係が深まったのは、一九七〇年代末に中国が改革開放政策に転換し、日本政府がこれを後押しするため対中ODA(政府開発援助)を開始してからだ。日中関係に詳しい政界関係者は「中国に進出する企業のための口利きをしたり、ODA事業を受注させたりして企業からキックバックを得た有力政治家もいた」と語る。特に昭和四十七年に日中国交正常化を実現した元首相・田中角栄の流れをくむ旧竹下派(現津島派)は中国とつながりが深かった。 元首相の竹下登は平成元年に万里の長城にちなんだ「長城計画」という事業をスタートさせた。毎年、北京に数百人規模の大訪中団を送り込み、「幅広い国民レベルでの日中交流」を図ろうというものだった。

 元首相・小渕恵三も十一年の訪中時に百億円の基金を設け、中国で植林活動を行う団体を支援する構想を表明した。最初の事業である「日中緑化協力記念林」の造成記念式典は十二年十月に北京市郊外で行われ、当時の自民党幹事長・野中広務らが出席した。この事業は十四年七月、衆院決算行政監視委員会で「ODAの別枠を新たに作り、それを利権の温床にしようという構図だ」と指摘されたことがある。 旧竹下派の一員でもあった二階が中国とのつながりを深めたのは、彼が自由党幹部だった十年、自民党の野中や古賀誠とともに自民、自由両党の「自自連立」への流れを作ってからという。旧竹下派の古参秘書は証言する。

 「小沢一郎が離党した後、竹下や小渕は旧田中派以来の中国とのつながりを額賀(福志郎)に引き継がせようとした。しかし、額賀はどういうわけか、当時は中国に関心を持たなかった。そこに割って入ったのが観光業界に太いパイプを持つ二階だった」 二階は、「竹下でもできなかった大規模な訪中団」を送り込んだ。 十二年五月二十日、北京の人民大会堂に旅行業者や地方議員ら五千二百人の「日中文化交流使節団」が集結した。団長は日本画家の平山郁夫。当時運輸相だった二階の提案だった。

 「江沢民らに“謁見”するだけのパーティーだった。自腹で高いカネを払って参加させられたので、二階が『日中友好に努力する』と力説するのを冷めた思いで聞いていた」 出席者の一人は当時の集会をこう振り返る。                  

◇ 二階は日中間の首脳会談が途絶える中、今年二月、北京に飛んで温家宝首相と会談した。その行動力と中国とのパイプの太さは、野中や加藤紘一といった「親中派」が引退したり、影響力を失う中、飛び抜けた存在だ。 東シナ海の石油ガス田開発をめぐり、前経産相・中川昭一は昨年、帝国石油に試掘権設定を認めた。しかし、二階は「私はその道は取らない」と試掘にストップをかけた。

 自民党外交調査会長・町村信孝は「政府方針の継続性、一貫性という観点からすると、中川さんと二階さんではあまりにも違いすぎる。これはやはり問題だ」と批判する。二階はガス田問題を決着させ、東シナ海を「平和の海」にすることができるのか。「親中派」の真価が問われている。(敬称略)


【保守新時代】自民党と中国(下)

ポスト小泉 四様の靖国と対中


産経新聞 2006年4月4日


 「日本の指導者が靖国神社を参拝しない決断をすれば首脳会談に応じる」と中国の国家主席・胡錦濤が訪中した元首相・橋本龍太郎らに宣言したことは、自民党内に大きな波紋を広げた。
 官房長官・安倍晋三は三日の記者会見で、「現在の日中関係の困難な局面について、すべての責任が日本の指導者にあるという主張は受け入れることができない」と強く反発した。首相・小泉純一郎への批判の形をとりつつも、胡が「ポスト小泉」候補を牽制(けんせい)したのは明白だからだ。

 「麻垣康三」と称される外相・麻生太郎、財務相・谷垣禎一、元官房長官・福田康夫、安倍のポスト小泉候補のスタンスの違いは、対中外交、とくに靖国参拝でくっきり分かれている

 安倍は、首相に就任した場合の靖国参拝について「(首相の)可能性があるかどうかは分からないが、(靖国参拝の)気持ちは持ち続けたい」と語る。

 麻生も首相の参拝を支持しているが、三月八日の日本記者クラブでの記者会見では「靖国神社に戦死者でない人がまつられていることが問題点だ。他の国々、国内からいろいろ言われないような形で参拝できる制度を考えるべきだ」とも語り、安倍との微妙な違いを打ち出した。

 一方、首相参拝に反対の立場をとるのが福田だ。福田は「首相が靖国に行くのは心の問題といわれているが、外交的に問題にならないような方法はないのか」とし、首相の靖国参拝に反対の考えを示すとともに無宗教の国立追悼施設建設を訴える。

 谷垣は「(靖国参拝は)日本人にとって非常に意味がある」としながらも、首相の参拝については「トップリーダーとして(中国などとの)関係を壊してはいけないということを比較考量し、どう判断するかだ」と慎重な考えを示している。

 その谷垣に中国側は積極的にアプローチしている。駐日大使の王毅は三月十七日夜、都内の中国料理店で谷垣と会食、二十五日に訪中した谷垣に、金人慶財政相は「日本の指導者が靖国参拝を続けていることで日中関係が非常に難しい状況にある」とクギを刺した。

                  ■□■

 過去の自民党総裁選で対中政策が最大の争点になったことがある。事実上、田中角栄と福田赳夫の一騎打ちとなった昭和四十七年夏の総裁選だ。

 関係者によると、総裁選を前に田中は、結成したばかりの自派閥の一年生議員に呼ばれ、「日中国交回復をやるのか、やらないのか」と詰め寄られた。それまで「日中関係にあまり関心のなかった」田中は、「それを求める国民の声があるとすれば、期待に応えようという気持ちもある」と慎重な言い回しながらイエスと答えた。国交正常化に積極的だった三木武夫、大平正芳の協力もとりつけ、決選投票で福田に勝った。田中は同年九月に訪中、日中共同声明に調印した。

 それから三十四年、皮肉なことに福田の長男、康夫は自民党内の「親中派」グループにかつがれようとしている。

 自民党旧宮沢派の流れをくむ丹羽・古賀、谷垣両派と河野グループは「アジア戦略研究会」を設立したが、狙いは、ずばり「小泉後」の対中関係修復だ。出席者の一人は「安倍、麻生では日中関係はより悪化する。今こそベテランの力が必要だ」と「福田待望論」を隠さない。

 田中派の流れをくんで、中国と良好な関係を維持してきた津島派(七十人)は、結束すれば総裁選の行方を左右できる勢力だ。同派は今月末をめどに政策をとりまとめる方針だが、幹部は「外交、特に対中外交は最大の焦点だ」と語る。

 その一方、「派内にはいろいろな意見があり、みんなの意見を聞いてみないと分からない」(伊吹派幹部)と様子見を決め込む派閥もある。

                  ■□■

 こうした状況を小泉はどう見ているのか。

 一月二十五日夜。小泉は首相公邸に自民、公明両党の幹部を集めて会食した。与党幹部によると、小泉は自分から靖国問題を切り出した。

 「中国や公明党は私の靖国参拝をあれこれ批判する。でも見ていれば分かる。必ずその矢は自分にはねかえっていくもんなんだからね」

 さらに、こう言葉を継いだという。

 靖国参拝を総裁選の争点にしちゃいけない。総裁選は自民党の中だけの選挙だ。自民党員の大半が参拝をよしとしている。つまり、靖国に行くと言ったとたんにその人が当選するんだ」

 事実、産経新聞社が自民党議員を対象に三月下旬実施したアンケートでも参拝賛成が反対の倍近くにのぼっている。

 小泉は三日の衆院行政改革特別委員会でも「一つの問題を条件付けて、言うことを聞けば『会う』、条件を満たさなければ『会わない』と。そんな国はほかにない」と述べ、中国の対応を厳しく批判した。

 小泉と近い自民党幹部の一人はこう語る。

 「あんまり中国が首相の靖国参拝をけしからんと言っていると、日本の首相を中国が決める印象になってしまう。靖国に行くなと言われたら、逆に参拝しない人は首相になりにくくなるんじゃないか」

 総裁選最大の争点の一つに浮上した靖国と対中政策。経済と安全保障に「こころの問題」が複雑にからみあった難題に各候補はどのような答えを出すのか。その結果は日本の保守政治の今後を決定づけるものとなろう。(敬称略)



もう一本良記事がありますので後ほど紹介したいと思います。


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4/9追記 タイトルを「保守新時代」から「自民党と中国」に修正しました。

三本の矢

三本の矢といっても毛利元就の故事ではありません。私が更新をさぼっていた原因となったこの本のことです。

内容はネタバレになってしまうので、あえて触れないことにします。私的にはダン・ブラウンの一連の著作よりはるかに面白かったです。この本は1998年刊行だそうですが、その時は評判になったのでしょうか。

内容に触れない範囲で感想を述べさせていただくと、「世の中には頭の良い人がいるものだなあ」ということに尽きます。この本にはかなり難しい思想や学術的要素が詰まっているのですが、著者がそれを易しく解きほぐし、無理なく小説の要素として生かしているのには驚嘆させられます。読んだことのない方は、だまされたと思って図書館、古本屋、アマゾン(中古は一円から・笑)で探してみてください。

この本の評価については、ここをご覧になっている方で読みたくなった方もおられるかもしれませんので、一ヶ月後以降に忘れておらず(笑)、なおかつその気になったら上げてみたいと思います。

3.7大会参加国会議員

ネットソースで3.7大会参加の国会議員リストを探していたのですが、見つかりませんでしたのであきひとさんによる音声ファイルからリストを作成してみました。間違いなどありましたらコメント欄でお知らせいただけますと幸いです。
一部、該当議員が見つけられない(聞き間違い?)議員さんも・・・(汗)
耳に自信のある方は是非ご協力お願いします。

追記 あきひとさんのご指摘により修正しました。あきひとさんありがとうございました。ところで「なかがわ まさあき」さんってどの議員さんなのでしょうか・・・(汗) (中川 雅治 なかがわ まさはる 東京)←この方でしょうか?



「皇室の伝統を守る一万人大会」 参加国会議員(読み上げ順)

大会登壇者

島村 宜伸 しまむら よしのぶ 自民党 東京16区

中井 洽 なかい ひろし 民主党 東海比例

平沼 赳夫 ひらぬま たけお 無所属 岡山03区

下村 博文 しもむら はくぶん 自民党 東京11区

松原 仁 まつばら じん 民主党 東京比例


衆議院議員

斉藤 斗志二 さいとう としつぐ 自民党 東海比例
根本 匠 ねもと たくみ 自民党 福島02区
今津 寛 いまず ひろし 自民党 北海道比例
岩屋 毅 いわや たけし 自民党 大分03区
平沢 勝栄 ひらさわ かつえい 自民党 東京17区
戸井田 徹 といだ とおる 自民党 兵庫11区
西川 京子 にしかわ きょうこ 自民党 福岡10区
吉田 六左エ門 よしだ ろくざえもん 自民党 北陸信越比例
宇野 治 うの おさむ 自民党 近畿比例
岡田 広 おかだ ひろし 自民党 茨城(参議院)
奥野 信亮  おくの しんすけ 自民党 奈良03区
佐藤 勉   さとう つとむ 自民党 栃木04区
菅原 一秀  すがわら いっしゅう 自民党 東京09区
西村 明宏  にしむら あきひろ 自民党 宮城03区
萩生田 光一 はぎうだ こういち 自民党 東京24区
赤池 誠章  あかいけ まさあき 自民党 南関東比例
稲田 朋美  いなだ ともみ 自民党 福井01区
小川 友一  おがわ ゆういち 自民党 東京21区
鍵田 忠兵衛 かぎた ちゅうべえ 自民党 近畿比例
木原 稔   きはら みのる 自民党 九州比例
北村 茂男  きたむら しげお 自民党 石川03区
清水 清一朗 しみず せいいちろう 自民党 東京比例
薗浦 健太郎 そのうら けんたろう 自民党 千葉05区
土井 真樹  どい まさき 自民党 東海比例
渡部 篤   わたなべ あつし 自民党 東北比例
高鳥 修一  たかとり しゅういち 自民党 北陸信越比例
松本 洋平  まつもと ようへい 自民党 東京19区
藤田 幹雄  ふじた みきお 自民党 南関東比例
武藤 容治  むとう ようじ 自民党 岐阜03区
林 潤    はやし じゅん 自民党 神奈川04区
土井 亨   どい とおる 自民党 宮城01区
        なかがわ まさあき?

原口 一博  はらぐち かずひろ 民主党 九州比例
前田 雄吉  まえだ ゆうきち 民主党 東海比例
牧 義夫   まき よしお 民主党 愛知04区
神風 英男  じんぷう ひでお 民主党 北関東比例
鈴木 克昌  すずき かつまさ 民主党 愛知14区
田嶋 要   たじま かなめ 民主党 南関東比例
田村 謙治  たむら けんじ 民主党 東海比例
長島 昭久  ながしま あきひさ 民主党 東京比例
松木 謙公  まつき けんこう 民主党 北海道比例
吉田 泉   よしだ いずみ 民主党 東北比例
笠 浩史   りゅう ひろふみ 民主党 南関東比例
鷲尾 英一郎 わしお えいいちろう 民主党 北陸信越比例

亀井 久興  かめい ひさおき 国民新党 中国比例

保利 耕輔  ほり こうすけ 無所属 佐賀03区
古屋 圭司  ふるや けいじ 無所属 岐阜05区
山口 俊一  やまぐち しゅんいち 無所属 徳島02区
西村 眞悟  にしむら しんご 無所属 近畿比例
保坂 武   ほさか たけし 無所属 山梨03区
江藤 拓   えとう たく 無所属 宮崎02区
古川 禎久  ふるかわ よしひさ 無所属 宮崎03区


参議院議員

鴻池 祥肇  こうのいけ よしただ 自民党 兵庫
山東 昭子  さんとう あきこ 自民党 比例
中曽根 弘文 なかそね ひろふみ 自民党 群馬
櫻井 新   さくらい しん 自民党 比例
狩野 安   かのう やす 自民党 茨城
佐藤 泰三  さとう たいぞう 自民党 埼玉
吉村 剛太郎 よしむら ごうたろう 自民党 福岡
岩城 光英  いわき みつひで 自民党 福島
泉 信也   いずみ しんや 自民党 比例
山内 俊夫  やまうち としお 自民党 香川
有村 治子  ありむら はるこ 自民党 比例
秋元 司   あきもと つかさ 自民党 比例
二之湯 智 にのゆ さとし 自民党 京都
河合 常則  かわい つねのり 自民党 富山

広野 允士  ひろの ただし 民主党 比例
岩本 司   いわもと つかさ 民主党 福岡
大江 康弘  おおえ やすひろ 民主党 比例
鈴木 寛   すずき かん 民主党 東京
芝 博一   しば ひろかず 民主党 三重

亀井 郁夫  かめい いくお 国民新党 広島

松下 新平 まつした しんぺい 無所属 宮崎



以上の議員さんの名前、心に刻みましょう。
ご懐妊前で危機的状況だった前回集会の参加議員もお忘れなく。

始めからなにも期待はしていませんが(笑)、やはり公明党、社民党、共産党からの参加者は皆無です。

次に男系維持の大会を催す時は、ついでに新党結成の大会もしちゃってください。このメンバーが核になった政党ならば安心して日本の未来を託せます。




「一万人大会」通常版

「皇室の伝統を守る一万人大会」の音声ファイルの、音質を犠牲にして容量を減らした通常版が完成しましたので、公開いたします。念のために3カ所にアップロードしました。


★Axfc UpLoader Basic (10〜30MB)
N13_0612.lzh 皇室の伝統を守る一万人大会 2006年03/09(木)22:18

圧縮ろだ
jp40765.lzh 皇室の伝統を守る一万人大会 06/03/09(Thu),22:13:32

快 速 あ ぷ ろ だ
upfile1765.lzh 皇室の伝統を守る一万人大会 06/03/09(Thu),22:09:11

いずれもDownload Keywordは「taikai」です。

追記
さらに数カ所追加しました。

079.info - ファイル受信

Uploader@和庵
ng1232.lzh 皇室の伝統を守る一万人大会 14.1MB 06/03/09(Thu),22:54:48

(・∀・)マターリ 20M
20M3960.lzh 皇室の伝統を守る一万人大会 14.1MB 06/03/09(Thu),22:54:48

「一万人大会」音声ファイル

「皇室の伝統を守る一万人大会」の音声ファイルがあきひとさんにより完成しました。集会に参加するのみならず、録音と音声ファイルへのエンコードと、少しでもやった事のある方ならばおわかりでしょうが、かなりの献身的な仕事が必要です。あきひとさん、いつもありがとうございます。

それでは、さっそく紹介させていただきます。

http://sendit.rgr.jp/dl

ファイル番号:4356
受信パスワード:koushits (コピペ推奨)


中身は17個のWMAファイルになります。高音質なぶん86.5MBありますので、私の方でも手が空きましたら、少し音質を犠牲にしてファイル容量を減らした通常版を以前のように用意したいと思います。仕事の会計データファイルを消失してしまいちょっと煮詰まっていますので、少々お時間をいただくかもしれません。


追記
上記のアップローダーが繋がりにくい状況のようですのでミラーを用意しました。

★Axfc UpLoader Middle+ (75〜100MB)
Keyword: koushits (コピペ推奨)

再現・2/1緊急集会テキスト版

音声ファイルを作成してくださったあきひとさんによる、テキスト版も完成しました。またまた、ありがたく紹介させていただくことにします。あきひとさん、ありがとうございました。


参考
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集会の流れ

司会:萩生田光一氏(衆院自民)
三好 達氏(元最高裁長官)
平沼赳夫氏(衆院無所属)
渡辺昇一氏(上智大学名誉教授)
工藤美代子氏(ノンフィクション作家)
島村宜伸(衆院自民)
中井洽(衆院民主)
赤池誠章(衆院自民)小泉チルドレン
松原仁(衆院民主)
戸井田徹(衆院自民)
下村博文(衆院自民)

一般参加者:1200名以上
国会議員参加者:107名

皇室典範の拙速な改定に反対する署名
衆院:122人、参院:51人
自民:135人、民主:24人、国民:5人、無所属:10人

登壇された議員
衆院
平沼赳夫(無所属)、下村博文(自民)、戸井田徹(自民)、江藤拓(無所属)、萩生田光一(自民)、中山泰秀(自民)、赤池誠章(自民)、松原仁(民主)、西村眞吾(無所属)、木原稔(自民)、鍵田忠兵衛(自民)、古川禎久(無所属)、松本洋平、稲田朋美(自民)、神風英男(民主)、小川友一(自民)、北村茂男(自民)、木原誠二(自民)、中井洽(民主)、鷲尾英一郎、牧義夫(民主)、亀井久興(国民)、島村宜伸(自民)、古屋圭司(無所属)

参院
松下新平、亀井郁夫(国民)、柏村武昭(自民)、ありむら治子、中川正春(民主)、吉村剛太郎(自民)、岡田直樹(自民)、水落敏栄(自民)、西岡武夫(民主)、大江康弘(民主)、二ノ湯智(自民)、岩城光英(自民)、中川義雄(自民)、桜井新(自民)




司会:自由民主党衆議議員 萩生田光一

本日は平日の時間帯にも関わらず、またお足元の大変悪い中をこのようの大勢の皆さんにご参加を頂きまして、誠に有難うございます。ただいまより、皇室典範の拙速な改定に反対する緊急国民集会を開会致します。
本日司会の大役を仰せつかりましたのは、私大正昭和2代に渡る天皇皇后両陛下の御陵をお預かりをしております八王子選出の自由民主党衆議院議員萩生田光一でございます。どうぞよろしくお願い致します。本日の主催は超党派国会議員連盟の日本会議国会議員懇談会、誇りある国作りへ向けて国民運動を展開している日本会議、ならびに民間有識者による、皇室典範を考える会の3者の共催で開催をさせて頂きます。
昨年11月、皇室典範に関する有識者会議はわずか10ヶ月30時間の審議で、女系天皇の導入、継承順位の長子優先を柱とする皇室典範の改定を提案をしました。しかしながらこの方針は、125代2000年以上に渡って、男系によって維持されてきた、皇位継承の伝統を根本的に変えるものであり、女系天皇が一旦誕生してしまえば、取り返しのつかないことになるのではないかと考えております。
私達は万世一系の皇位継承の伝統を守るために、皇室典範の拙速な改定に反対し、本日の緊急集会を企画を致しました。それではまず始めに、主催者を代表して元最高裁長官の日本会議三好達会長より、ご挨拶を申し上げます。三好会長よろしくお願い致します。


三好達氏(元最高裁長官)

日本会議会長の三好でございます。主催者側の一員として一言ご挨拶を申し上げます。本日は足元も悪く、寒い日であるにも関わらず、このように多数の方にお集まり頂きました、この問題に関する、皆さんの関心の高さが、如実に反映されたものと思っており、私どももまた、皆さんとともに、戦っていく決意を新たにしております。どうぞよろしくお願い申しあげます。
ただいまの司会者からのお話にありましたように、一年にも満たず、時間にすれば30時間にも満たない審議によって、2000年に渡って継承されてきた、皇位継承のあり方を変更すべきものとの報告書が提出されました。あまりにも拙速であります。総理は1/20の施政方針演説で有識者会議の報告書に沿って、皇室典範を改正する、その案を国会に提出すると、明言していますが、私達はこれに強く反対するものであります。
有識者会議の審議は拙速のそしりを免れないものでありますが、私としてそれ以上に問題と致したいのは、この皇位継承のあり方を審議するにあたっての、有識者会議なるものの姿勢であります。座長である吉川弘之氏は審議に当たっての姿勢をどのようにしているでありましょうか。皆さんすでにご承知と思いますが、「歴史は我々が作っていく」と言い放ちました。また「論議に歴史観、国家観は入れさせない」と主張したと伝えられています。更には、三笠宮寛仁殿下のお書きになられた随想について、感想を求められたときには、どうということはない、と述べたのであります。私達はこのような姿勢を何たる不遜か、何たる思い上がりか、と強く批判してまいりました。
しかし私は単に不遜、思い上がりとの批判にとどめておけるものではないと考えております。よく考えてみると、有識者会議のこのような姿勢の背後には、甚だしく重大かつ危険な思想が、我国の皇位継承の問題を考えるにあたって、絶対に排除しなければならない、絶対に排除して望まなければならない姿勢が、その背後にあると思われます。私は有識者会議の背後にある姿勢には、革命思想と共通思想があると危惧するのであります。「歴史観、国家観は入れさせない」、ということはこれまでの2000年に渡って連綿と続いてきた日本という国家の歴史、国家の連続性を考慮しない、それを否定し断ち切るということであります。また「歴史は我々が作っていく」というのもこれまでのあり方を断ち切り、連続性を否定し、新しい歴史を開くというのであって、これまた連続性の否定であります。このように連続性を断ち切るということは、これは革命思想と共通する、国家の連続性を断ち切るのが革命でありますから、連続性を断ち切るというのは、まさに革命思想と共通する思想なのであります。このような革命思想と共通する思想、日本という国の連続性を断ち切る思想があったという、そのような姿勢で審議したからこそ、あのような提言となったと考えるのであります。単に有識者会議は不遜、思い上がり、不見識などと批判すれば済まされる問題ではないのです。
有識者会議は、皇位継承の問題を審議するにあたり、国家の連続性を排除した上で何を原点としたのでありましょうか。それは日本国憲法でありましょう。報告書の提言は、日本国憲法を原点として、これからの皇位継承のあり方を提言したと思われます。憲法7条には天皇は日本国の象徴である。第2条に皇位は世襲のもので、国会で議決した皇室典範の定めるところによりこれを継承する。この2点をふまえて、日本という国の歴史も伝統も考慮に入れず提言したのであります。まず憲法は世襲とだけ定めていて、どのような世襲とするかまでは定めていない。世襲でありさえすれば、すなわち血縁さえつながっていれば、皇室典範でどのようにでも決めることができると考えたのではないでしょうか。また日本国憲法によれば天皇は象徴で、象徴以上の存在ではあられないといいうことを出発点としたのではありますまいか。象徴以上の存在ではあられない、まことに不遜な言い方であり、このような発言は慎まなければならないのでありますが、これは著名な学者が堂々と記述しているところであります。時間の関係詳細の申し述べることはできませんが、日本国憲法が施行されて間もないころ、当時東大教授であった著名な学者、学会を代表するような人、名前を申し上げれば誰でも知っている学者であります。その学者が、天皇制という書物をだしていますが、その中で新憲法では単に象徴としての地位を有するだけである。単に象徴としての地位を有するだけ、単にだけ!と書いているのであります。更に象徴であるということはあまり重要ではない、むしろ天皇が主権者でも元首でも無くなったことに重要な意味がある、このように書いてあります。
この学者の言うように、単なる象徴という考え方に立てば、天皇陛下の存在なり、皇位継承なりの問題を国家自体の根幹にかかわる問題とは考えない、ということになります。国家の本質的要素に関わる問題とは考えない、ということになるのであります。今一人の学者が、説いたことについて申し述べましたが、同じようなことを説く学者は今日に至るまで、大勢おりますし、このような考え方が、広く流布されてしまっていることも否定できません。歴史も伝統も無視、皇位継承のあり方を変えてしまえ、という提言を出すに至ったのは、陛下は単に象徴に過ぎない、日本という国家にとって本質的要素ではなく、単なる象徴である、はなはだ軽んじた考えから出発したからこそ、そのような考え方から出発した審議であったからこそ、であるといわざるを得ないのであります。
私達はそのように考えておりません。皇位継承の問題は日本という国家の根幹に関わる問題であります。それは成文の憲法、紙に字で書いた憲法の無い時代から、2000年の歴史や伝統のもとに国のあり方として確立、今日に至っているのであります。その意味では、成文憲法以前のもの、文章として書く憲法以前のもの、特に占領下において、占領国によって原案が作られ、押し付けられた憲法以前のものと考えております。まして世襲でありさえすれば、国会の法律で皇室典範を改めることによって、変えることができるとは決して考えてはおりません。
今、正念場を迎えております。一旦男系による継承を断ち切れば、これまでの継承のあり方は、永久に、未来永劫に失われてしまうのであります。このことに深く思いを致し成文憲法、紙に書かれた憲法を超えるところの、歴史と伝統を経て確立している不文の憲法、不文の定めを原点とした、慎重な上にも慎重な審議をしていかねばならず、そのためには健全な思慮深い世論をのりあえていかなければならないのであります。私どもはそれに向けて3/7には日本武道館において一万人の集会を企画しております。皆様の一層のご協力をお願い致します。ご挨拶とさせて頂きます。


司会

三好会長ありがとうございました。続きまして同じく主催者を代表して、超党派の国会議員により構成されています、日本会議国会議員懇談会平沼赳夫会長よりご挨拶を申し上げます。


平沼赳夫衆院議員

皆様方こんにちは。雨でお足元の悪い中こうして場外に溢れるほどのこの国の将来の行く末を案じている皆様方がこれだけの熱気を持ってご参集して頂きましたことを、主催者の一人としてまず冒頭心から御礼を申し上げたいと思います。本当にありがとうございました。
ご承知のように一昨年の師走のことでありました。新聞で突如内閣総理大臣の私的な諮問機関として、皇室典範の改正を議論する有識者会議のメンバーなるものが発表されたわけであります。十名から構成をされているメンバーでありました。私はまずそれを見て大変びっくりしたわけであります。確かに昨年の末に満40歳におなりになられた秋篠宮様以降、ご皇室には9名のお子様のご誕生がありますけれども男子のご誕生がない。したがって、皇位継承というのは大きな問題であるわけではありますけれども、しかし現行の皇室典範によっても皇位の第一継承者でいらっしゃる皇太子殿下は満45歳でいらっしゃいます。そして今申し上げた第二位でいらっしゃる秋篠宮殿下も40歳になったばかりでいらっしゃる。なんで急に私的な諮問機関の有識者会議ができたのか。
メンバーの中に長い間政府の中で官房副長官を勤めていた人も入っていました。私も閣僚をやらして頂いたときに色々交流がありましたから、私の事務所にその人に来てもらいました。そして約1時間、日本のご皇室の尊さを自分なりに彼に訴えさせて頂いた。おそらく年が明けて有識者会議が始まると、あなたがその会を切り盛りする約になるかもしれない。したがってずっと守り続けてきた、尊い伝統という、そして文化というものを大切に扱ってもらいたい。こういう趣旨のことを私は彼に伝えたわけであります。彼はよく胸に収めて、そして取り組んでいきたい、こう言ってくれました。しかし年が明けて1月から有識者会議が開かれました。月に1,2回というペースで、10名の委員の方々の中には最初の20分だけいて退席する人もいる。欠席をする人もいる。こいうような体たらくの中でわずか30時間で我国の伝統文化を全く変えてしまうような結論を出したわけです。
それもう私から長々と申し上げる必要はありませんけれども、ご承知のように女帝、女系天皇を容認する。そして更には第一子優先、そして更には側室制度が認められない現状において皇統を続けるために今ある宮家の内親王、女王こういった方々にも新たに皇族として、皇族としての立場をお与えする、こういうような結論を出したわけであります。
今、インターネットの時代でありまして、ありがたいことですけれども、私のところに全国から皇室典範改正の問題について、色々と国を憂える方々からのメールが届いてきています。色んな情報が入ってきています。先ほど三好会長もちょっとお触れになられました。座長をつとめておれらるロボット工学の専門家は、大学在籍中の4年間は共産党活動に大変いそしんでおられて、スターリンの信奉者であったと、こういうような情報も寄せられ、雑誌にもそのことが書かれているのが現状であります。副座長をつとめました園部という方も、最高裁判事等、皇室会議のメンバー等歴任をされた人でありますけれども我々が問題にしてきた偏向教科書、その教科書問題を象徴する家永裁判というのがありましたけれども、その裁判で家永さんに与するような立場をとった人が副座長であります。その他にも東大総長を歴任した学者がもう一人入っておりましたけれども、彼も学生運動をやった、言ってみれば反皇室の極めつけのような人達が事前の相談も何も無くて有識者として会議のメンバーになった。私ははじめから結論ありきで作られた有識者会議だったと思っております。
現実の問題を考えます。我国の歴史上八方十代の女帝の存在が歴史上認められている。称徳天皇、孝謙天皇は同一人物でいらして重祚(ちょうそ)された、こういうことで八方十代であります。色々な長い長い歴史ですけれども紆余曲折がありましたけれども、その都度ご皇室の関係者をはじめとする我々日本民族の先人は知恵を出し合って万世一系の男系を守ってきた、このことはまぎれもない事実でありまして、我々日本人はこのことをまず明記をしなければならないと私は思っているわけであります。過去女帝の方々がご存在になった。女帝を認めることにはやぶさかでない方はたくさんいらっしゃると思います。しかし第一子優先ということになって、そういうことはあってはなりませんけれども現実論として考えて、もし愛子様が天皇になられる。そして教養を身に付けるために海外に留学をされる。恋に落ちられる。青い目の男性と、そんなことはあってはなりませんけれども、ご結婚をなさってその間に生まれたお子様が第一子優先で天皇になられるということだって、有識者の人たちはそういうことも想定してあの結論を出したのか。そういうことは断じてあってはならないことだと思ってます。
改革、改革が言われています。しかし改革すべきことは躊躇無く改革すべきでありますけれども、反面守るべきことは断固命を懸けて守らなければならない。それがご苦労をして万世一系の皇統を守ってきて下さった、我々のご先祖に対する現代に生きる我々が示す最低の良心だと私は思っています。日本会議議員懇談会、超党派でありまして衆議院参議院242名の議員が参画をしております。すでに勉強会を5回、総会も3回開きまして、決議も2回させて頂いて内閣に届けているところであります。私は大切なご皇室の問題で国会が2つに割れてそしてぶざまな罵り合いのような形になることは断じてやってはならないと思っております。国会議員は良識を示して一致団結をして内閣が提出をしない、そういう事態を作ることが我々に課せられた一番大きな責務だと思っております。これを乗り越えて小泉総理があえてやろうということであれば、団結の力を源泉として国民の皆様方と共に正しい伝統文化を守り、この国柄を守っていくために私ども、一生懸命努力することを心からお誓いを申し上げ国民の皆様方の更なるご叱正とご協力をお願いを申し上げまして、私の挨拶に代えさせて頂きます。本日は誠にありがとうございました。


司会

平沼会長、力強いご挨拶ありがとうございました。ここで本日ご出席を頂いております国会議員の皆さんのご紹介を事務局よりさせて頂きます。

議員紹介

衆院
平沼赳夫(無所属)、下村博文(自民)、戸井田徹(自民)、江藤拓(無所属)、萩生田光一(自民)、中山泰秀(自民)、赤池誠章(自民)、松原仁(民主)、西村眞吾(無所属)、木原稔(自民)、鍵田忠兵衛(自民)、古川禎久(無所属)、松本洋平、稲田朋美(自民)、神風英男(民主)、小川友一(自民)、北村茂男(自民)、木原誠二(自民)、中井洽(民主)、鷲尾英一郎、牧義夫(民主)、亀井久興(国民)、島村宜伸(自民)、古屋圭司(無所属)

参院
松下新平、亀井郁夫(国民)、柏村武昭(自民)、ありむら治子、中川正春(民主)、吉村剛太郎(自民)、岡田直樹(自民)、水落敏栄(自民)、西岡武夫(民主)、大江康弘(民主)、二ノ湯智(自民)、岩城光英(自民)、中川義雄(自民)、桜井新(自民)


司会

それでは次に来賓の皆様にご提言を頂きたいと思います。まず始めに民間有識者による皆様で結成をされた「皇室典範を考える会」代表で日本の文化伝統を踏まえてこの問題に発言をなさっておられます、上智大学名誉教授の渡辺昇一先生にご提言を頂きたいと思います。よろしくお願い致します。


渡辺昇一(上智大学名誉教授)

有識者会議の提案によって皇室が継がれていきますと、半世紀後くらいにどうなるかということを想像してみますと、今の天皇陛下の後に皇太子殿下が天皇陛下になられてその次に愛子様が天皇陛下になるというのが今の改正に従えばそうなるわけです。そのときは伝統に従って愛子天皇がどう称されるか知りませんが、愛子様天皇がですね、伝統に従えば女帝は旦那さんがおりません。旦那さんといういいかたもおかしいんですが、女帝の配偶者というのは日本ではないからしょうがないです。それは古代に女帝であった方も未亡人であって中継ぎ、あるいは江戸時代の女帝なんかでも、一生、女帝になられた方はやはり中継ぎで結婚なさらない。だから天皇である間に男性を配偶者として持たれた方はいらっしゃらないわけです。
そうしますと愛子様がですね、4、50年後に即位なされまして、伝統にしたがって結婚なさられなければ日本の皇室はそれで終わりです。完全に終わりです。もし結婚なさるとすればどなたが手を挙げるでしょうか?皇太子殿下のお后を見つけるときにも大変苦労しました。いわんや天皇になった女性の配偶者になろうと手を挙げる日本人はそういるとは思われないのですね。おそらく一番手を挙げる可能性のある方は、これは私の想像ですが、コリア系の人だろうと思うのです。と申しますのはですね、李王家が日韓併合で日本の王室にじゅんじられました。そしてそのお子様は王大使、それからそのときにですねあまり知られませんけど、韓国の主要なる両班という貴族階級ですね、約80家が日本の華族として受け入れられて、大体は日本の苗字になっているからどこにいらっしゃるかあまり分からない。その中から手を挙げるんじゃないかなと私は思いますね。そうしますと韓国の無血占領になりますな、日本の。
ですから愛子様が天皇になるという自体はですね、皇統が完全にそこに消えるか、あるいは配偶者の問題が起こったときは、約1240年前にかつての道鏡、弓削の道鏡の問題が起こったのと同じなのです。弓削の道鏡の時は、称徳天皇が弓削の道鏡というお坊さんを大変愛寵されて、そしてこの方を天皇にしたいということがあったのです。それを和気清麻呂という人が止めたわけですね。命がけで止めました。そのときも宇佐八幡宮のご神託には皇胤といってますですね。ようするにね皇統というと間違えやすいんですよ。同じ血を引くとかね、間違えやすいんです。血じゃないんですよ、これは。これはね血といいますとね母系も父系も同じような感じになるんです。これは大阪の商人じゃないんですからね。婿養子どっから貰ってもいいなんていう、番頭を婿養子にしてもいいていう問題じゃないんですよ。
だから血統と言わないで下さい。皇室の場合は。種といって下さい、種。種と畑の問題なんですよ。種はですねどこに植えても稲は稲です。どこに植えたって稲ですよ。畑っていうのはですね、ここに稲を植えれば稲、ひえを植えればひえ、セイダカアワダチソウを植えればセイダカアワダチソウなんですよ。ですから皇室を救ったといわれる、救いました和気清麻呂が後に新しい天皇家に仕えます。すなわち舒明天皇のお子さんに天智天皇と天武天皇がいらしたわけでございますけれども、称徳天皇はこの天武天皇家への???(聞き取れない)なのです。ここで止めましてですね、弓削の道鏡で止めまして、天智天皇家に戻したわけです。そして天智天皇家からは桓武天皇が出られました。よろしいですか桓武天皇のおばあさんくらいになりますと、畑は半島から百済から奉られた女性なんです。百済から奉られた女性の方から生まれた方でも天皇になることは何とも思わなかった。種は神武天皇以来だからであります。そして桓武天皇ご自体の后の例を見ますと、やはり百済から3人くらい奉られているんですよ。だから后はどっから来たって構わない。畑は構わない。種は守らなければならない。だから皇室の血統などとは言わないで下さい。皇室の種です。どうもありがとうございました。


司会

渡辺先生ありがとうございました。続きまして女性の立場からご発言をなさっておられます、ノンフィクション作家工藤美代子先生にご提言を頂きたいと思います。工藤先生お願い致します。


工藤美代子(ノンフィクション作家)

ご紹介頂きました工藤でございます。私はノンフィクションを書いておりまして、それから半分は主婦をしております。ですから本来でしたらこのようなところでご皇室のことに関して発言するような立場にないことは自分で十分承知しております。それでもあえてこちらに伺いましたのは、私は日本人であります。日本人でありますために日本を愛しています。日本を愛していますから、今私のような微力なものでも声を上げなければ日本が大変な危機に立たされているのではないかという強い危機感を感じて、本日こちらの会場に伺わせて頂きました。
皆様今朝(2/1)の産経新聞に三笠宮寛仁殿下がご発言なさったのがのっておりましたのをお読みになった方たくさんおられると思います。もしまだお読みになっていらっしゃらない方がおられましたら是非、こちらの記事を読んで頂きたいと思うんですけど、おそらくですね、皇室の皆様のお気持ち、この寛仁殿下のお言葉に尽きているのではないかと私は思っております。

録音トラブルで中断
大まかにいうと、日本における皇室に役割、どのような貢献をされてきたのかを、関東大震災が起きたときの貞明(ていめい)皇后陛下の逸話を例に紹介された。

以下、講演内容
そして汽車でもって東京駅に着かれましたらば宮城(きゅうじょう)にもお帰りにならずに、すぐのその足で被災者の方達を慰問をして歩かれたわけです。そしてその年の暮れまで実に精力的に色々な病院とか、あるいは被災者の方々のいるところを慰問してあるかれたのが貞明(ていめい)皇后さまです。しかしそのときに、だんだん秋になって寒くなってくるもんですから、女官の方達が秋もののお洋服をご用意しましょうと言っても、貞明皇后様は、これだけ国民が苦しんでいるときに私は秋の服あるいは冬の服を着ようとは思いませんとおしゃって、ずうっと最後まで夏の白いブラウスでもって冬の12月までそのお姿で通してご慰問を続けられたということなんですね。
私はそれを知ったときに、それだけ強く国民と皇室というのは結びついているのだと。本当に国民と、日本の国民と苦楽を共にしてきたのが日本の皇室なわけですね。そして政府とか経済とか、経済状態とか政府とか色々なものがどうしてもカバーしきれない部分というのがあるわけなんですね、国民に。それは多分私は情緒の部分じゃないかと思うんですけれど、私達の情緒の部分をしっかりとカバーして捕まえて暖かく包んでくださっているのは日本の皇室じゃないかと思うんです。ですからこの日本の皇室がもしかしたら滅びるかもしれない、皇室なんてどうして必要なの、といわれるときが来るかもしれないような、今危険な状態にあることを何としてでも避けたいと思います。
そのためにはどんなことでも、どこに行ってどんなお話でもしたいと私は思っております。そしてですね最後に2つ、2点私は今日申し上げたいことがございます。1つはですね三笠宮殿下もおしゃっていることですが、5年くらいまってもいいのではないか。私は20年と思っております。20年とは思っておりますけど、とりあえず5年は待ってもらいたい。それは何故かといいますと、皇太子、皇太子殿下がどのようこれからになられるか、これは全く私ども分かりません。事態は非常に流動的だと思っております。第二子がお生まれになる可能性は私はあると思っております。そのためにも、またそれから秋篠宮ご夫妻にもまた第三子がお恵まれになることも考えられます。
そうしたことを考えたときに、今あわててですね、愛子様を天皇にと決める必要は全く無いと思っております。これはもうまだ学齢期にも達しない、本当に幼い一人の女性ですね愛子様という一人の女性の人生を何故今決めなければいけないのか。そんな必要は全く無いと思います。ですからもうそらは本当になんとか避けたいということが1つ。それからもう1つはですね、最後になりますが宮家の再興を考える必要があるのではないかと思います。これは非常に良く知られている話ですけれども、終戦後、臣籍降下ということがあって直宮家を除いて他の宮家が全て平民になられたときに、昭和天皇様が確か侍官の方を通しておっしゃられたお言葉だと思いますけれど、今は平民になってもらうけれど、いつか宮家としてまた戻ってきてもらうときがあるかもしれない。そのときはよろしく頼むというお言葉を昭和天皇様が確かにおしゃっているというふうに聞いております。なれば占領軍のマッカーサーというたまたま非常にエゴの強い男の人が一人で決めた宮家を無くすということをですね、何故ですね、まるで呪縛のように今も守っていかなければいけないのか。私には全くその理由が分かりません。ですから私達はそろそろもうマッカーサーの呪縛から解き放たれていいときが来ていると思っております。そしてその一番最初の例として何としてでも宮家を再興してもらいたい。そしてとにかく天皇家がずうっとこれから先もいく久しく続いて欲しいという気持ちを込めてですね、何としてでも今日の会、そしてこれから先も私はあきらめず、そして焦らずに声をずうっと上げ続けていきたいと思っております。皆様どうぞよろしくお願い申し上げます。


司会

前農林水産大臣でいらしゃり、また日本会議の会長もおつとめになった経験もございます島村宜伸衆議院議員よりご挨拶を頂きたいと思います。


島村宜伸 自民党衆院議員

ご紹介を頂きました島村宜伸でございます。ただいまご紹介の中にもありましたように私は初代の日本会議国会議員懇談会の会長をつとめさせて頂きました。しかし発足当初よりさらに充実をし志のある国会議員が党派を超えて皆でいわば国のあり方を認め将来に向かって色々な提言をしていく、その後活動に敬意を表しているところであります。
今日もまた皇室典範の拙速な改定、改定と言えるのかどうか分かりませんが、に反対する緊急集会にこのように大勢の皆さんにご参加頂き、今お話がありましたように場外にたくさんの方が見えている、日本人の意識というのは健全なんだなあ、そんな気持ちを持たして頂きました。ただついでに欲を言いますと、この中にもっともっと若い年代の人も加わって頂けるともっといい、それが将来の日本の安全につながるんだと、こんなことも感じたところであります。
いずれに致しましても125代に渡る我国の天皇制、男系の天皇によってきちっと守られ、なるほど八代だけいわば女性の天皇が存在しましたけれども、うち四名の方はいわば未亡人になられてからの天皇ご即位と、他の四名の方はお一人の方はご在位中に崩御され後のお三方は短期間、いわばショートリリーフをなさってで、後でしっかりした方が生まれたときにお譲りになって、しかもご結婚をなさらなかった。どなたも子供さんを生まれなかった。そういう歴史が全てを示しますように、この125代世界に誇るただ一国だけのこの歴史と伝統、この天皇制はまさに男系の中に築かれてきているわけで、これは世界中からも高い評価を受けていることは事実でございます。
ただ残念ながら天皇制の存在の中に私達が生きている社会の安寧、こういうことについて人間健康に慣れると同じように全て当たり前と認められてしまって、例えば戦後の混乱、色んなことがありました。そんな際にあの昭和天皇の示された、いわば色々なご姿勢がどれだけこの国を救い、どれだけ国際社会における日本のイメージを高めたか、やはりそういうことにもこの際思いを致す必要があるのだと思いますし、昭和天皇のご存在があまりに大きかったので、私はたまたま実は、現今上陛下とは同期生でよく存じ上げておりますが、その後は大変だなあと内心こころを痛めておりましたが、全くいわば昭和天皇の後を受け継がれて微動だもしない。事実、今上陛下も随分いい意味でお変わりになられました。努力努力の毎日でありますな。
こういういわば象徴天皇が日本に存するということが、どれだけこの国の大きな背骨になっているか、このことをこういう機会に改めて思いを致す必要があるんだろうと、こんなふうに思うところであります。ところで愛子様が後の天皇になられると、大方の見方は今そういうところにあるわけでございますが、これはまだ確定したことではありません。しかしいずれに致しましても、男系のいわば天皇ということ中に、現在は女性天皇の候補者しかおられない。現実は現実としていちおうそれも我々は判断の中に入れておく必要があるんだろうと思いますが、将来に向かっての天皇制ってものがいかにあるべきかということについて、まず皆さんと私、おそらく同じ考えであると思うのは、一昨年でしたか、有識者会議というのが組織されて10名のメンバーを見たときであります。
はてこの人達が本当に天皇制の是非を論ずるだけの能力と資格をお持ちなのだろうか。このたくさんおられる人材豊富な日本国のあらゆる社会を見渡したときに、この10名の方しか有識者といえる人がいないのだろうか。もっと他に確かな人達がたくさんいるはずだ。そういう人たちから広く意見を求めるならばともかく、とりあえずこの方達があるいは、まあ言葉は適当でないかもしれないけれども、たたき台を作るんだろうか、こんなふうにも思ったところであります。しかしながらわずか、まあ先ほど来ご指摘があるように10ヶ月そこそこ30時間余の短い時間で考えられたことを今度は国の行き方の中に取り入れる。これが構造改革の一環だという小泉さんの発言を聞くとこれは穏やかでない。そんなことを認めたら我々国会議員の存在の意味が無くなってしまう。そして我々は政治家としての責任を果たしているとは言えなくなってしまう。やはりここは小泉さんにもきちんと反省を願って、もう一度いわば色々な話し合いをする中に、時間をかけて、できるだけ急ぐ必要はあるけれど、皆さんが納得できる結論に導かなきゃいけない。
そこで私はあえて小泉さんの弁護をしますが、あの人は非常に言葉少ないし頑固で強行でやるとなるとキチガイじみて見えるけれど、きちんと真正面からものを言ったら意外とものを冷静に聞くし、私は辞めたときも都合50分近く話しをしたんですが、かなり耳に逆らうことを言ったんですけども、一切お互い怒鳴りあったわけじゃないんです。しかも私の農政を支持してくれて私の在任中には一言も指示らしい指示がなくて、一切を任せてくれたし、私が辞めるときにもこのまま続けて欲しいということを言われた。何故止めたのか。私は少なくとも皆さんがようやく景気が回復してほっとしている庶民の心を考えたら今解散どころじゃないでしょう。いちかばちかの危険を冒すよりは、参議院が否決して衆議院がうんぬんはおかしいから、筋が通らないから、だから解散を避けるべきだ。しかしどうしてもおやりになるとするならば、政治家の良心に照らして自分の判断をした人、この人達をいわば裸で叩き出すような行為があってはならない。まあ、そういうことで意見が分かれたわけですよ。ただ分かれたって聞く耳持たなかったわけではない。だったら次に賛成してくれるならば私は結構って、まあ大の大人が一生懸命考えて苦渋の選択をした人をわずか短期間で選挙が怖いから賛成だということは私には責任もてない。
まあここで意見が分かれて私はあえて辞表を出しました。で辞表を出した心は2つある。1つはその考え方が私には理解ができない。今1つは小泉さんに対してきちんとものの言える政治家が何人か必要なんじゃないか。私は小泉さんとは色々長く一緒に行動したことがあります。ご記憶がありましょう。政治改革のときですよ。この改革は間違いだということを小泉さんも、もう本当にそれこそ金切り声を上げて反対運動起こして、2人でいわば守旧派の大将格にされたことがある。私その話し合いのときにも言ったんです。あなたはそのときにおっしゃったことを忘れちゃってはいませんか、小選挙区制は何故まずいかということの1つに、特定の人間に金と権力が集まって独裁政治に陥るからいけないんだ、こんないい話をしたのにあなたご自分でそれをやってるんじゃないか、ということをあえて私は申し上げた。決してあの人は激したりしませんでした。
今あの方がですね、この有識会議の決めたことを、これをいわば改革の一環だというんで強行しようというのならば、それこそ独裁政治ですよ。こんなね、皇室典範を変えるようなことをね、郵政民営化などと一緒に混同したんじゃとてもじゃないけど納得できない。全国規模でこういうことは許されないことだということを皆さんと一緒に小泉さんに冷静にお考え頂いて、改めていただく必要がある。
そして日本の国には有識者はいくらでもいる。そういう方達の意見をこの際大いに出して頂く、そしてこれを国民の声として小泉さんにもう一度冷静に聞いて頂く必要がある。今日の総会はその第一歩ではないんじゃないでしょうか。なるほど今まで昨年の暮れからもう6回に及ぶ会議を持たれて、随分ご苦労頂いていることをよく承知致しております。しかしそれでもですね、残念ながら国会議員の中でも、いわば男系とか女系とかそういうようなことが良く分からない。男性でも女性でもいいんじゃないかと思ってる人がゴロゴロいる。そして日本の歴史や文化について聞けばほとんどの方が知らない、っていう人が現実じゃないんでしょうか。今ようやくそのことに気が付き目覚めて、これじゃいけないと言い出した人が非常に多い。ましては一般の国民の方々はそれぞれ日常の仕事に追われているんですから、そういう方たちのことを我々は良く慮ってですね、皆さんによく事実を知ってもらう努力をして、そして国民の声を広く喚起して、日本の天皇制に対する考え方、皇室典範のあり方についてのご意見を集約して、それでいよいよ改定といえる改革にする、これが我々に課せられた責務ではないかと、こんなふうに思っています。
私は自分が閣僚を辞任するときにも小泉さんに言いました。自由民主党は今年は立党50年、昨年のことです。いわばこの50年の中には色んな意見があり、右も左も色んな意見があったけれども、適時適切、時宜に照らして一番正しいと思う政治選択をして日本の今日を築いてきた。その歴史と伝統をよく振り返って、お互いの意見というものに謙虚に耳を傾けることが今こそ大事。小選挙区制というのはともすれば特定の権力者に話が傾きやすい。皆自由な国会議員としての活動を認めるためにも党議拘束などやたらにかけてですね、ましてやこの皇室典範に自由な判断を許さないなどというのはもっての他でありますから、これらについては皆さんとともに広く国民の声を起こしてですね、正しい方向に結果の収束をみるようにこれから努力することを結びにお誓いをして、私の提言を終わります。ありがとうございました。


司会

島村先生ありがとうございました。続きまして民主党の衆議院議員でいらしゃいます中井洽先生よりお話を頂きたいと思います。


中井洽 民主党衆院議員

皆さんこんにちは、ご紹介頂きました民主党の衆議院議員の中井洽でございます。西岡大先輩もおられますが、ご氏名でありますので、私の方から皆さん方に連帯のご挨拶を申し上げたいと思います。本当にお立ちを頂きながら一時間以上に渡って、熱気溢れる会合を催して頂き、私ども叱咤ご激励を頂いておりますこと、こころから感謝を申し上げます。
平沼さん、島村先生、お話あったとおりであります。私は違う観点からいくつか申し上げお訴えにかえさせて頂きたいと思います。私は羽田内閣の時に、丁度いまから10年前になりますが、短い期間でありますが法務大臣を務めさせて頂きました。私の前の法務大臣はここにお見えのながの先生で、法務大臣に登用されて法務省に行きますと、一番先に法務大臣の仕事は何かということから、講義を受けるわけでございます。大半の皆さんは、法務大臣に一番の仕事は死刑、これの実行だとお思いだろうと。大半の方はそういわれます。違うんです。皇室典範、皇室の皇統符をお預かりする、これが法務大臣の第一の仕事でございます。したがって桜田門、皇居に一番近いところに法務省がおかれているのであります。見せてくれと、こういったら、部屋までは案内してくれましたけれども、中身は絶対見せられません、こう言われました。先生間違いないですね?皇室典範第の26条にはですね、この皇族の身分が変更あるときには皇統符に登録する、こう書いてあります。この書かれた皇統符を宮内庁と法務省で、お守りを申し上げて、誰もみることができません。
今回の小泉さんの皇室典範改正というこの発想や、やり方は、この法務省にある皇統符をひそかに持ち出して、改竄をしようとするやりかただと。男女平等と思わす中で、こんな姑息でこんな卑劣なやり方で、皇室典範を変えて二千数百年の日本の伝統を壊してもらうこと、私は断固反対であります。私の党の代表もどういう加減か、何にも知らない間にテレビで賛成してもいいなんていうことを言ったもんでありますから、党内大騒ぎでありまして、この頃はようやくまともになってまいりまして、慎重にということを言うようになりまして、まあまあ良かったと思っておりますが、こういう状況を放っておくわけにはいきませんので、ここにお見えの西岡さんや、松原さんや、大江さんと私ども一緒になりまして、3日の日に民主党もこのやり方は拙速だと、慎重に慎重にやるべきだ、こういう議員連盟を発足致しました。
私共は、いやしくも天皇家のことで、皇室のことで、政争を行うつもりはさらさらありません。皆さんと一緒に日本のよき伝統を守って、次の世も次の世も、日本人が穏やかに、安心して、皇室を中心として、生活ができる、そういう国であって欲しい。ただただこれを請い願うばかりであります。私達の代で伝統を途絶えてはなりません、民主党もこれから勉強って遅いじゃないかと言われますが、猛烈な勢いで皆さんと一緒に頑張ってまいります。
ただ、小泉さんというのは島村先生もいわれましたように、変人であります、奇人であります、言えば言うほど意固地になるというところもあるわけでございます。しかし本当にこのことで、強行される、突破をされるというのなら、まあ私は郵政民営化、民主党の反対の責任者でやりまして、今回負けた責任を感じておりますが、胸にバッチが付いておりますのは、拉致議連のマークでありますが、平沼さんの下で、会長代理を致しております。何でも中井、平沼でございまして、昨今は。小泉さんが、こんなことを強行されるというなら、超党派で退陣を求めていく、そこまで含めて頑張ってまいります。
どうぞ皆さん国民の中で本当に皇室を尊敬する、そして今の天皇家を愛して、そしてそのままずっと愛子様で続いていいじゃないか、男女平等でいいじゃないか、実に単純な議論が、まだまだあるわけでございます。これらを一つ一つ皆で説得していこうではありませんか。私は今63であります。小泉さんと一緒で独身であります。小泉さんはいざしらず、わたくしはいつでも子供作る能力あります。まこと失礼だけれども、皇太子殿下も弟君もおいくつですか?こんなばかなこというのは、もう次のお子さんお作りになれないでしょうという、大変失礼なことをいっているということではありませんか。どうぞそういった意味で、もっともっと時間をかけて、日本人の英知を集めて、十年二十年先に決めて行こうではありませんか。以上ご提案を申し上げてご挨拶といたします。ありがとうございました。


司会者

中井先生ありがとうございました。閣僚経験のあるベテランの先生方お二人からご意見を頂戴しました。マスコミに言わせますと小泉チルドレンは右向け右とこういうふうに言われておりますけれども、決してそんなことございません。自民党の一年生議員、すでに勉強会を繰り返しやっているということでございまして、今日は代表して自由民主党の赤池誠章衆議院議員よりご挨拶を頂きたいと思います。


赤池誠章 自民党衆院議員

ただいま、ご紹介に預かりました、自由民主党選挙区は山梨1区でございます、赤池誠章です。ご案内のとおり、昨年島村先生が、体を張って止められた郵政民営化解散、その解散によりまして83名の自民党一年生議員が生み出されました。その中で私どもは83会という一年生の会を作りまして、活動をしているわけでございます。
その中で、昨年12月、そして1月、勉強会を、皇室典範勉強会ということで、私が呼びかけ人となりまして、開催をさせて頂きました。賛成派、反対派それぞれ、講師を招く中で勉強を積み重ねさせて頂きました。1月は政府の内閣官房の皇室典範準備室の参事官から政府の具体的な皇室典範の改正について、有識者会議のあり方を含めて、じっくりと話を聞かせて頂きました。その内容に関しましては、政府は今国会をもって具体的に皇室典範改正案というものを、提出すると、そのことは本気であると、いうことは担当参事官からの話で、十二分に理解をさせて頂きました。単に、歴史上なかったさまざまな有識者会議の報告書だけでは、無い部分として、政府は十分な伝統を踏まえ、満を持して本国会に、皇室典範改正案を提出するということが、勉強会を通じて、よく分かったわけでございます。その中で、83人大勢は、全ての一年生議員に聞いたわけではございませんが、勉強会を通じて私が感じているのは、大勢は慎重論でございます。そして明日も3回目の勉強会をさせて頂きます。
明日は旧宮家の、すでに小学館から著書が出されております、旧宮家竹田家の恒泰さまに起こしを頂き、勉強会も開催する予定となっております。その勉強会を通じて、一年生で議論をして具体的にこれからどのような形で行動していったら良いかそんなことも明日、話し合う予定となっております。その答えに関しましては、すでに中心メンバーでさまざまな議論がなされておりますが、今国会に関しては、慎重審議と、いうことで意見集約がほぼそのような流れで行くという風に感じております。私どもは、小泉改革を支持するものでございます。不易流行という言葉があるとおり、変えなければいけないものは断固変えていく、しかし、変えなければいけないところは変えますが、守るべきところも断固守る、これが小泉改革の真骨頂だということを今国会で証明するために、この場でお誓いを申し上げまして、一年生議員からの決意表明とさせて頂きます。ありがとうございます。


司会

赤池先生ありがとうございました。もうひと方ご発言を頂きたいと思います。先ほど中井先生からお話がありましたように、民主党は近々この議員グループを作っての勉強会、スタートされるということでございます。その中心人物として、ご活躍頂いております、松原仁衆議院議員よりご挨拶をお願い致します。


松原仁 民主党衆院議員

ただいまご紹介頂きました、松原仁でございます。今司会の萩生田さんからお話がありましたが、民主党も先ほどの中井先生のご発言にあったように、2/3には呼びかけ人が29名でこの勉強会を始めると、講師は櫻井よし子さんということでありますが、どちらにしても私達も党内においてこういった極めて国の骨格に属する問題に関しては、極めて慎重な思いを持つ同志が多いということを冒頭皆様に申し上げたいと思っております。
そうした中において、私が申し上げたいことは、日本におけるこの天皇制、私は実は松下政経塾というところの卒業生でありますが、松下さんも日本におけるまさに特筆すべき大きな大きな事柄であると、ということを常にいっていたわけでありますが、このことはですね、西洋諸国における君主制と、基本的に異なるということを我々は認識をしていかなければならないと思っております。つまりそれは、権威とそして心の思いの延長線上のものであるのか、それが権力の延長線上であるかこういった違いに帰するところがあるわけであります。
私は先ほど渡辺先生からお話がありました、男系であると、これは天皇制のまさにその一つの要素というか、その成立するための条件というか、まさにそれは属性というふうな表現をとってもいいかもしれません。まさにこの男系であるということが、天皇制の原理にあるのであって、男系を否定してしまって、天皇制を存続するというのは詭弁であり、それは天皇制をやめて君主制になるということに他ならないわけであります。私はその意味においてこの日本においての君主制ではない、この持つ意味の違いを小泉さん分かってるのかなぁ、それはその辺に関しての理解が、今ひとつないのではないかという風に大変残念に思う次第であります。
そういった意味において、私達は男系を守るということが、この伝統の一番中心的な部分に属するんだという認識のもとに、これから戦っていきたいと思っております。日本の国は、戦後まさに日本に対しての精神を、精神の牙を抜こうとする、連合国によって、さまざまな精神的な強さを失ってまいりました。今回のこの皇室典範の改定によって、とどめをさされるようなことがあってはいけない、というふうに私は思っておりますし、逆に私達の国は、今日もそこに、西村眞吾先生もおられますが、拉致の問題を中心にして、我々はようやく、日本のまさに精神的な強さを取り戻そう、そういった動きが密かに始まっている中で、今回の皇室典範を、まさに改悪しようとする動きにストップをかけることによって、我々の日本人のもつ精神の強さをもう一回発見する、そういった方向に向かって、戦ってまいりたいと思います。共に戦うことをお誓い申し上げまして、私の訴えと致します。ありがとうございました。


司会

ありがとうございました。まだまだ多くの国会のみなさんからご発言を頂きたいところでございますが、時間の関係もありますので、先へ進めさせて頂きます。先ほどの紹介の後にご登壇を頂きました、先生をご紹介致します。衆議院議員古屋圭司先生です。それではここで、本日のこの緊急集会の総意を集会の決議として、発表をさせて頂きたいと思います。決議文の朗読は自民党衆議院議員戸井田徹先生にお願い致します。


戸井田徹 自民党衆院議員
決議
昨年十一月、「皇室典範に関する有識者会議」は、歴史上初めて女系による皇位継承を導入し、継承順位については長子を優先する皇室典範の改定を提案した。しかし以下の通り、この報告書に基づいてただちに法改正に踏み切ることは、まことに拙速であると言わざるを得ない。

一、この報告書は、百二十五代、二千年以上の歴史を有する皇位継承の変更について、僅か十ヶ月三十時間の審議という短時間で結論を出している。
二、吉川座長は、「国家観・歴史観の問題は扱わない。」と明言して審議を進めたが、皇位継承の問題は歴史そのものである。歴史を検討しないまま、一度女系による皇位継承を導入すれば、とりかえしのつかないこととなる。
三、皇室には親王(男のお子様)が誕生する可能性があるにもかかわらず、この報告は、親王を皇位継承順位の第一位から排除する長子優先という方針を打ち出しており、早計である。
四、国民の十分な議論も理解も得ないまま強引に法改定に踏み切れば、国民世論を分裂させ、「日本国および国民統合の象徴」としての天皇の地位すら揺るがしかねない懸念がある。

以下のような問題点に対して、皇族方の中や各界有識者にも強い懸念が表明されているが、小泉首相は一月二十日の施政方針演説で、「有識者会議」の報告書に沿った改定案を今国会に提出すると明言している。我々は、万世一系の皇統を守り抜くため、政府による拙速な皇室典範改定案の国会上程に反対するとともに、皇室の歴史と伝統を踏まえた慎重な検討を強く求める。そのため我々は、国会議員、有識者、民間団体が結束して世論を喚起し、来る三月七日には日本武道館において一万人大会を開催し、男系による皇位の継承を護持する国民運動をさらに大きく推進する。
右、決議する。

平成十八年二月一日

日本会議国会議員懇談会 会長 平沼赳夫
日本会議        会長 三好達
皇室典範を考える会   代表 渡部昇一


司会

ただいま戸井田先生より朗読を頂きました、決議案の文を本大会の決議文として、決定してよろしいでしょうか?ありがとうございます。それでは皆さんの総意をもって、ただいまの朗読を決議文として決定させて頂きます。それでは三好達 日本会議会長より、自由民主党代表下村博文先生、民主党中井先生それぞれにお渡しをしたいと思いますので、中央にお進み下さい。もう一度各党の代表の皆さんに盛大な拍手をお願い致します。それでは熱気に溢れました本集会も、お開きの時間が近づいてまいりました。今日はなんと受付を1200名を越える皆さんが、お通り頂いて、会場に入れずに小雨の中ホールでこの話を聞いて頂いた方もいらっしゃいます。衆参国会議員は107名のご本人がこの会場においで頂きました。心から感謝を申し上げたいと思います。それでは閉会にあたりまして、結びの言葉を自由民主党衆議院議員下村博文先生よりお願いをしたいと思います。


下村博文 自民党衆院議員

今日は皆さんありがとうございます。これだけ大勢の皆様方がお集まり頂き、また力強い挨拶をして頂く中で、同時に今日は3団体の合同集会でございますが、民間の方々が今日のこの会に目標を定めて国会議員全ての人を対象に、皇室典範の拙速な国会提出に反対し、慎重審議を求める署名を集めて頂きました。この署名の結果をご報告いたします。衆議院が122人、そして参議院が51人、合計173人の署名を頂きました。政党では自民党が135人、民主党が24人、国民新党5人、無所属10人、合計173人、これは更に増えるかと思いますが、大変大きな数字であるというふうに思います。
この会が始まる直前に、私のところに官房副長官から電話がかかってまいりまして、この署名が何人集まったのかという、問い合わせでありました。173人自民党だけで、135人、これは大変重い数字だということをよくよく官邸では考えて頂きたい。こういうふうに話を致しました。そして今日おこしになっている皆様方、これで皇室典範改正は、国会では拙速に審議されなくなるのではないか、あるいは女系天皇を認めるような法案改正にはならないのではないか、安心されている方がいらっしゃるかもしれませんが、なかなか現実問題としては厳しいと思っています。
それは先ほど、平沼会長からもお話ございましたが、日本会議国会議員懇談会、私はその事務局長をさせて頂いておりますが、242人の議連の国会議員が、参加しているのにも関わらず、この皇室典範に慎重な審議については、173人の署名しか集まっていない、ともいえるわけであります。そして、これは共産党や民主党は、あっ共産党や社民党は失礼しました、政党間違ったらとんでもないことになる。共産党や社民党はWelcome、是非やってくれと、いうことであります。
不遜ではありますが、愛子様が、例えば鈴木さんという方と結婚され、その最初にお生まれになった方が男の子でも女の子でも、次の天皇陛下になられる、その方が今度は田中さんという方と結婚される、そして最初に生まれた方が、例えば下村さんという方と結婚される。これを2代か3代続けていけば、もう国民と同じだと、日本国、日本国民の統合の象徴としての天皇の意味も無いじゃないかと、まさに天皇制の解体、共和制になる、憲法も改正しよう。あのマッカーサーでさえ、日本の混乱を引き込むような天皇制を廃してはならない、決めたことを事実上今回の皇室典範の改正は、してしまうということになるわけであります。
そしてこれはおそらく、民主党でも明日議連ができるということですから、大きな運動とはなって来るでしょうけれども、しかし半分くらいの方はやはり賛成するかもしれない。自民党は、小泉総理が1/20の所信表明演説の中で、明確に、有識者会議の結論にのっとって改正案を今国会に提出するということを表明されております。ですから半分以上の人が賛成する可能性はあります。そうするとこれは、今国会で有識者会議の結論にのっとった、改正案が通ってしまうということになり兼ねないわけであります。
そういう意味で私は、安部官房長官が自民党においては、党議拘束をかける、党議拘束をかけるといったのは、全員が賛成をしてくれという意味では私はないと思っております。自民党においては、政府案が出た全てについては党議拘束をかけ、賛成してますが、しかし党議拘束をかける前に、まず関係部会で全会一致になり、政策審議会で全会一致となり、最後の総務会で全会一致で、ならなければ党議拘束はかけられません。ですから当然、これは内閣部会、党からまずは全会一致で賛成だということが、無い限りは国会に出すことは自民党では認めないということで、唯一の例外は郵政民営化法案が、多数決で通ったということで、あります。
しかし先の選挙でわが党は、やはり小泉総理に対しては、そういう遠慮なり、あるいはそういう配慮なり、あるいは必要以上の遠慮がある中で、これは今回の皇室典範改正に、明確に反対するということは、一年生議員はじめ、自民党の国会議員にとっても簡単なことではありません。今日はそういう意味では、100人を超える国会議員が来ているということは、わが党にとっても大変勇気のいることであります。是非それをご理解いただきたいと思います。
しかしなんとしても今回の法案は国会には絶対提出してはならない、提出されればこれは政局になります、このようなことで小泉内閣を打倒するような、政局にしてはならない。皇室に対しても失礼である。郵政民営化法案とは全く重みが違う法案であって、このようなことを政局の具にしては我々はならないというふうに我々は思っております。だからこそ国会に出さない前に、政府に断念をしてもらう。そのためには、いかに多くの国民が、そして多くに国会議員が、今回の皇室典範改正は反対だということを、政府側に良く理解をしてもらうということが必要ですし、今日頂いたこの決議は早速総理官邸に、届けます。今日の熱気も伝えます。そして我々もそれぞれの政党の、三役に対してこの決議書を渡して、そして自民党においては昨日、中川政調会長、安部官房長官、細田国対委員長等とお願いをして、法案を提出する前に、政府が自民党に対して法案を提出する前に、まず党として有識者会議の結論について、事務方から報告してもらえるよう、そしてその中できちっとした、議論、勉強会をし、結果的に事務方を通して、これは自民党において、とても今回の法案は賛同できない、ということを理解してもらい、そして政府側が国会に対してこの法案を出すことを断念するような運動をしていかなければならないというふうに思っております。
都議会自民党でも、近々の都議会の中で、決議書を出す。是非地方議会においても、この改悪につながる、そして我国の国柄そのものを損ねてしまう、今回の改正案について、是非反対の決議を全国津々浦々、それぞれの議会で、挙げていただきたいと思いますし、また今日いらっしゃる皆様方には、是非地元の国会議員に対して、ことの重大さをきちっとお伝え頂き、そして慎重に議論しながら、この国の行く末について我々のこの時代の我々自体が責任を持たなければいけない、ということを自覚する活動を是非していただきたいというふうに思います。我々国会議員も、しっかりと皆様方と共に、心を一つにして運動しながら、我国の素晴らしい、皇室を中心とする、日本の誇りある、伝統文化、歴史をこれからも続けて行く事ができるような、改悪にならない皇室典範の改正を、そして運動を更に広げて行くことを、お誓いを申し上げまして、結びとさせて頂きます。ありがとうございました。


司会

下村先生、そして皆さん、本当に有難うございました。繰り返しになりますが、この皇室典範は、政策ではなくて、国体の問題、国柄の問題だというふうに思います。口角泡を飛ばして議会で議論をし、議場で万が一にも多数決で決するような内容でないことは私達良識ある国会議員、皆承知しております。ですからこそ、この皇室典範を政争の具にしてはいけない。このことを私達、良識ある日本会議の国会議員は肝に命じてこれから行動してまいりたいと思います。そのためには、今日お見えの会場の中に、都道府県議会、市町村議会の皆さんもいらっしゃいます。一日も早く国民の皆さんの声として、内閣に対して、今下村事務局長からお話がありましたように、意見書を3月議会冒頭で決議をして、国会へ挙げて頂きますように、ご協力お願い申し上げたい、またお集まり頂いた多くの皆さん方には、お地元の国会議員に、この問題の重要性、是非ともご説明を頂き、ご納得を頂くようご努力を頂くことを心からお願い申し上げまして、本日の緊急総会、閉会とさせて頂きます。お足元の悪い中本当にありがとうございました。



再現・2/1緊急集会

当ブログ読者で皇室典範改定に反対する緊急集会に参加されました、あきひとさんより録音した音声ファイルを紹介提供していただきました。さっそくありがたく紹介させていただきます。行動実践派の立派な読者を持てて、私は本当に幸せ者です。


あきひとさんのメッセージ


皇室典範の拙速な改定に反対する緊急集会に参加してきました。
http://prideofjapan.blog10.fc2.com/blog-entry-248.html

集会の模様を録音してきたので、皆さんのブログで紹介して
頂けないものかと思いメールしました。

当初、テキスト起こしをしていたのですが、
内容が盛りだくさんで作業に時間がかかるのと、
会場の雰囲気を少しでも伝えたいとので、
音声を送付したいと思います。

平沼赳夫議員、松原仁議員の迫力、
中井洽議員のユーモア溢れる語り口
赤池誠章議員(小泉チルドレン)の毅然とした決意
などなど、音声で聞いて欲しいと思います。


参考
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集会の流れ

司会:萩生田光一氏(衆院自民)
三好 達氏(元最高裁長官)
平沼赳夫氏(衆院無所属)
渡辺昇一氏(上智大学名誉教授)
工藤美代子氏(ノンフィクション作家)
島村宜伸(衆院自民)
中井洽(衆院民主)
赤池誠章(衆院自民)小泉チルドレン
松原仁(衆院民主)
戸井田徹(衆院自民)
下村博文(衆院自民)

一般参加者:1200名以上
国会議員参加者:107名

皇室典範の拙速な改定に反対する署名
衆院:122人、参院:51人
自民:135人、民主:24人、国民:5人、無所属:10人

登壇された議員
衆院
平沼赳夫(無所属)、下村博文(自民)、戸井田徹(自民)、江藤拓(無所属)、萩生田光一(自民)、中山泰秀(自民)、赤池誠章(自民)、松原仁(民主)、西村眞吾(無所属)、木原稔(自民)、鍵田忠兵衛(自民)、古川禎久(無所属)、松本洋平、稲田朋美(自民)、神風英男(民主)、小川友一(自民)、北村茂男(自民)、木原誠二(自民)、中井洽(民主)、鷲尾英一郎、牧義夫(民主)、亀井久興(国民)、島村宜伸(自民)、古屋圭司(無所属)

参院
松下新平、亀井郁夫(国民)、柏村武昭(自民)、ありむら治子、中川正春(民主)、吉村剛太郎(自民)、岡田直樹(自民)、水落敏栄(自民)、西岡武夫(民主)、大江康弘(民主)、二ノ湯智(自民)、岩城光英(自民)、中川義雄(自民)、桜井新(自民)




音声ファイル通常版(WMAファイル)

全部で13MBぐらいの容量があり一括アップ出来ませんでしたので分割ファイルとしました。同じ場所(フォルダやデスクトップなど)に3つのファイルを全部ダウンロードしていただき、hantai_syukai001.exeを実行するとhantai_syukai.zipが出来ます。それを解凍すると音声ファイルが出来ます。わからない点、不具合など有りましたらコメント欄にお願いします。

hantai_syukai001.exe
hantai_syukai002.div
hantai_syukai003.div

2/5追記

林檎使いの方はexeファイルを扱えないとのことですので、アップローダーにも一括ダウンロード出来るzipファイルを用意しました。場所は

ぬこちゃっとページの左側の
「犬好き2ショットチャット」→表の下の「アップローダー」→
写真下の小さい字の「げっこ 15M」でアップローダーに入室出来ます。
(面倒くさいところにしてしまって申し訳有りません・笑)

ファイル名 gecko0652.zip 
コメントは お借りします 2/1緊急国民集会

で上げてあります。ご活用下さい。


高音質版も繋がりにくい状況のようですので、
ついでに「れお 60M」に高音質版を上げておきました。

ファイル名 lion0400.lzh 
コメントは お借りします 2/1緊急国民集会高音質版
DOWNLOAD KEY:akihito


高音質版(あきひとさん作成、アップロード WMAファイル)

あきひとさんによる原典版です。あきひとさんより公開の許可をいただきました。臨場感を満喫したい方はこちらをどうぞ。約58MBあります。

http://www5.axfc.net/uploader/11/
N11_2230.lzh あきひと  59622 2006年02/04(土)01:56
Keyword:akihito


ところで今回のWMAファイル、林檎使いの方でも大丈夫ですよね・・・



参考になる他ブログ様記事
173名反対署名−皇室典範改定に反対する超党派の国会議員 草莽崛起 PRIDE OF JAPAN


萩生田光一議員からの返信

衣川 様

このたびは貴重なご意見をいただきありがとうございます。

当方では本件についてブログで触れておりますので
ご参考にしていただければ幸いです。
http://blog.livedoor.jp/hagiuda1/archives/50400958.html

ありがとうございました

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
はぎうだ光一事務所  秘書 ○○○○(私の判断にて伏せました)
〒192-0046
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以上、萩生田光一議員の事務所より返信をいただきました。
メールでも触れられていたブログの1月21日付記事より一部を引用します。


さて、任期最後の国会となる小泉総理の施政方針演説は改革の成果を強調しながらもその総仕上げに向け新たな決意を滲ませる迫力あるものでした。外交面でも財政面でも又公務員制度を含めた行政改革への取り組みも我党の議席から拍手が沸きましたが、皇室典範の改定だけはブーイングが起こりました。

 総理は所信表明演説でも、又先の党大会でも歴史や伝統を重んじる「大義の国・日本」を強調しましたが、一方では皇室典範の改定等、国体にも関わる事を拙速に取り組むのはいかがかと思います。財政諮問会議にしろ、皇室典範にしろ、有識者会議の結果が全てでは国民の代表たる国会議員は存在意義も無くなります。

 もちろん我々政治家は選挙を意識したり政党間の駆け引きもあり、必ずしもストレートな議論ばかりではない場合も否めず、時にニュートラルな院外の方やその分野の専門家の意見を求める事は有効であり必要ですが、それを受け議論を尽す事が私達の仕事であり、最終責任は私達国会議員が負わなくてはなりません。昨年の選挙以来、内閣や党執行部に反論する人が少なくなってしまい何か閉塞感を感じますが、大いに開かれた議論ができる環境を勇気を持って進めていく本国会にしたいものです。



とてもしっかりした考えをお持ちで、頼もしい議員さんです。これからは萩生田さんのファン(今日から早速なりました・笑)として応援させていただこうと思います。

萩生田さん、秘書の○○さん、誠意ある返答ありがとうございました。


ほかの議員さんとその関係者のみなさま、返信お待ちしております。
曇りのち晴れ管理人 衣川康人

日本と経済格差拡大

うちは日経を購読しているのですが、今週の経済特集がとても考えさせられるものでしたので、久しぶりにOCRを使って転載することにしました。日本経済新聞といえば親中派で、記者の書いた記事には時折???なものもあるのですが(汗) 時にハッとするような論考も載ります。日経、侮り難し。

今回でOCRソフトの扱いのキモがようやく掴めましたので、明日には中、下と立て続けに上げられると思います。転載といっても誤字チェックだけでも結構大変なんですよ(笑)



2005年(平成17年)9月13日(火曜日) 日本経済新聞

経済格差と日本人(上) 再挑戦の機会拡大が急務
階層の固定化進む 公正・効率的な労働市場を

日本人の経済格差が広がっている背景や対応策について改めて考えてみたい。まず、日本では非正規労働者の再挑戦の機会が乏しいことをー因に所得階層の固定化が進んでおり、適切な規制改革や社会保障政策などを通じ再挑戦の機会を急いで拡大すべきである。

90年代後半から格差拡大鮮明に
最近、所得格差の拡大を問題視する発言をしばしば耳にする。だが、社会にとって、どの程度の所得格差が最適であるかを見極めることは容易でない。格差が大きすぎると公平感が失われ、社会秩序に問題が発生する半面、格差が小さすぎると悪平等を招き、人々が就業意欲を失いかねないからである。
政府の経済戦略会議は一九九九年に打ち出した「日本経済再生への戦略」のなかでわが国を「過度に結果の平等を重視する」努力の報われない国と特徴づけ、日本型の社会システムを変革し、個々人が創意工夫やチャレンジ精神を最大限に発揮できるような『健全で創造的な競争社会』に再構築する必要かある」と主張した。
そして国民の意欲を引き出すことを目的に、個人所得税の最高税率は八六年の七〇%から段階的に引き下げられ、九九年に三七%になった。公平性重視が効率性を下げているとの意見は、企業の人事制度をめぐっても聞かれる。多くの企業が社員の就業意欲喚起を理由に、年功賃金を改革し、差が大きくつく成果主義給与に切り替えた。
ただ格差が拡大すれば、人々の労働のインセンティブ(誘因)は高まるかというと、そんなことはない。先の報告甫も指摘するように、意欲の向上には、だれもがいつからでもチャレンジする機会が均等に与えられ、公正な評価がなされなければならない。この前提が満たされないまま、格差だけが広がるのであれば、挑戦する気持ちは強まるどころかあきらめが先行し、社会は階層化して閉塞感が強まるだけである。実態はどちらの方向に動いているのか。
九〇年代前半までの動きについては、研究者によって様々な見解が示されているが、九〇年代後半から所得格差が拡大している点に関しては大方の見方が一致している。各種政府統計を用いた分析結果を見ても、所得格差の大きさを示すジニ係数(高いほど格差は吉はとくに九〇年代終盤から上昇を示し、格差拡大の動きが確認される。
ジニ係数かある時点の静態的所得格差を示すのに対し、個人の年々の所得変化はどうか。そこでは階層固定化の動きが見られるのか、すなわち所得の低い人がますます低くなる傾向かあるのか、それとも新たな挑戦により上位の所得層に移る人が増えているのか。
九二年以来、現在まで毎年、同一の個人を追跡調査してきた家計経済研究所の『消費生活に関するパネル調査』により、その動きを見よう。この調査は、開始当時、二十四−三十四歳であった千五百人の女性、およびその配偶者の就業や経済状態について調べており、その後も、サンプルが追加されている。これによると、金融危機が発生し、企業のリストラが一段と進むようになった九八年ごろから、所得階層の固定化傾向が見られる。
九六半に年収が下から二〇%の最低分位にあった世帯の五〇%が、翌年の九七年には上位に移った。それが九八年になると、上向く割合は三三%に低下、二〇〇〇年には三〇%に下がっている。固定化の傾向は最高分位でも見られ、九八年以降、この層にとどまる割合は一〇ポイント近くも上昇した。固定化の勤きは、有配偶男性の勤労所得に限定しても確認され、最低分位にとどまる人は九七年の六九%から二〇〇一年の七五%へ上昇した。
こうした勤きは主に企業内における給与格差や企業間の給与格差、そして正規雇用と非正規雇用の給与格差の拡大・固定化によって起きている。以下では正規雇用と非正規雇用の格差固定化問題に絞ってみていこう。

フリーターの未婚率は高い
正規雇用(非農林業)は九五年二月の三千七百六十二万人から○四年の三千三百九十三万人に三百六十九万人減ったのに対し、非正規雇用は同じ期間に九百八十八万人から千五百四十七万人に五百五十九万人増えた(総務省『労働力調査』)非正規雇用は有配偶女性ばかりでなく、若年層でも急増し、在学生を除く二十四歳以下の非正規比率はこの間、男性でー〇%から二七%に、女性で一六%から三九%に上昇した。諸外国でもパート労働者の増えている国は多いが、日本のスピードは他に比ペー段と速い。
『慶応義塾家計パネル調査』によると、二十五−二十九歳だった男性フリーター(未婚の非正規雇用者および学卒無業者のうち、五年後に正規雇用になった人は四五%にとどまる。八〇年代はフリーターから正規雇用への道は広く開かれていたが、九〇年代には中途採用の求人も減り、フリーター経験者の正規採用を避ける企業も多く、フリーターの長期化、三十歳代の増加がみられる。
こうした現象は、晩婚化・少子化にも影響を及ぼす。学校卒業一年後にフリーターだった人と正規雇用だった人の三十歳時点における大卒男子の未婚率を試算すると、バブル崩壊前にはフリーターだった人の未婚率は、正規雇用だった人を九ポイント上回る程度であったが、崩壊後は二十三ポイント上回るようになった。経済的制約や将来の見通しが立たないために、結婚できない若者が増えている。
非正規雇用増加の背景には、人件費を削減し固定費化を避けたいとする企業心理が働いている。さらには産業構造や技術構造の変化により、高度で専門的な技術を要する仕事と要さない仕事の技能格差の拡大かおる。これにより非正社員の賃金は低く抑えられ、人員の削減された正社員では長時間労働者が増えた。
景気回復が本格化すれば、企業も正規雇用を増やすだろう。ただ企業が非正規雇用を増やしてきた背景には、政策の進め方も少なからず影響していると思われる。政府は労働基準法の改正により原則一年に限定されていた有期労働契約の上限を三年に延長した。労働者派遣法でも同じ事業所の同一業務に派遣できる期間は一年から三年に延長され、従来禁止されていた「ものの製造」業務への派遣も認められた。これで個人や企業の選択肢が増え、雇用が拡大したのは事実である。だが規制緩和が非正規雇用に集中し、法制面で格差が広がったことはないか。

規制改革にはバランス必要
経済協力開発機構(OECD)は昨年の「雇用白書」で、各国の労働市場における規制の強度を常用雇用と有期雇用に分け数値化した。これによると、日本の常用雇用に対する規制はOECD諸国の平均より強く、八〇年代後半からあまり変わってない。一方、有期雇用や派遣労働の規制は徐々に緩和され、最近では平均より緩い。その結果、○三年時点でデータが利用可能な二十八カ国中、日本は六番目に正規・非正規の規制強度の差が大きな国になった。
規制改革に当たっては、全体を見通しバランスの取れた労働市場改革を進めると同時に、均等政策を強化し、厚生年金などの社会保障におけるパート労働者の労働時間や年間収入の適用基準を緩め、適用拡大を図っていく必要かおる。現行制度では、保険料の雇用主負担のない労働者を増やしている可能性もある。
現実の人生は遊びの人生ゲームと違い、いつでもリセットし、対等な立場で次のゲームを始められるわけではない。それゆえに政府が不利な立場の人を支援し、機会均等を図る必要がある。非正規労働者の場合、今日のがんばりが明日の仕事につながらず、挑戦したいと思うチャンスが与えられないといった問題が起きている。
再挑戦を助けるには、親身になって相談に乗ってくれる社会的機能を強化し、情報面・経済面で能力開発を支援する仕組みが必要である。チャンスを増やすには、企業がその人の働く様子を直に見て直接雇用、正規雇用に転換できる紹介予定派遣やトライアル雇用を拡充するのも一案である。
自由競争のメリットを引き出し、活力ある社会を築くには、政府による土俵整備が必要である。人□減少社会では階層の固定化を阻止し、だれもがいつからでも意欲と能力を発揮できる公正かつ効率的な労働市場を作っていくことが求められる。

樋口美雄 慶応義塾大学教授 
52年生まれ。慶応大博士。専門は計量・労働経済

オランダ史に学ぶ(下)

繁栄と衰退と オランダ史に日本が見える 岡崎久彦

の抜粋の続きです。


危険な道徳的孤立主義
オランダが英蘭戦争を避けられなかった大きな原因の一つは、自分の安全のための同盟は欲しいが、国際政治における政治的コミットメントをしまいとして逃げてまわったことにある。
バーカーは、オランダが真の同盟という観念を持たなかったことを繰り返し非難している。そして、グロチウスに代表される国際法秩序を主張して権力政治を忌避したことは、英、仏人からは鼻持ちならない偽善と感じられた。
シャマは、オランダは「産業、貿易によって立つ他の帝国と同様に道徳的孤立主義を信奉し、古い世界の汚れた権力政治を超えられると信じていた」と述ベ、ただ後の英国や米国のような地理釣条件には欠けていたと指摘している。
私は、日本の戦後の道徳的孤立主義は敗戦と占領、そしてアメリカン・リベラリズムの影響と思っていたが、シャマがずばりと定義したところによれば、経済で大成功を取めた経済大国の属性でもあるらしい。
そういえば戦後日本の社会で、いわゆる「体制」の中心であるはずの経済人、経済官僚の中に世界の権力政治の現実から目をそむけようという、道徳的孤立主義の風潮が牢固としてあるのはどうしてかな、とかねがね疑問に思っていたが、これで説明もつく。
しかしそれには、シャマも言っている通り、基礎的な条件が必要である。
大英帝国も戦後の米国も、海に囲まれている上に、世界の七つの海で海軍力の優位を誇っていた。しかしオランダは、大河と運河に囲まれた一種の島国ではあるが、大陸からの攻撃には弱く、また海上では、英国と敵対しないという前提においてのみその通商路を守り、ひいては国民の安全と繁栄を維持し得た。
問題は、17世紀のオランダも今の日本も、海洋を支配する同盟国との関係がよいかぎりは、道徳的孤立主義という贅沢が許されるが、その道徳的孤立主義をあまりに論理的に貫いてしまうと、その前提条件である同盟関係そのものを否定する論理につながってしまうところにある。
日米安保の下で、国際的な権力政治はアメリカにまかせて、日本がぬくぬくと平和主義の原則を立てて安全と繁栄を享受していること自体はさして実害はないとしても、その平和主義を稚い論理で延長すると安保反対運動になって、同盟、ひいては平和そのものの基礎を揺るがそうということになってしまう。
もう今は日米同盟は国民の間に定着していて、安保反対運動をする人もいない。しかし、日本側は日米同盟が大事なこととわかってきたとしても、アメリカ側も「日本と同盟を結んでよかった」と思ってくれるようでないと長続きしない。そのために運命共同体の証しを立てようとすると、それには二の足を踏む日本側の心理構造はまだまだ残っている。この点も、自国の安全のための同盟は欲しいが政治的コミットメントはいやだと逃げまわった、17世紀のオランダに似ている。
ましてアメリカは、冷戦時代は戦略的に重要な日本を手放すわけにはいかないから、多少、日本のすることに不満でも大事の前の小事として目をつむっていてくれたが、これからはもう少し気をつける必要があろう。イギリスもスペインの脅威がある間は、オランダが滅びれば次は英国が同じ運命と思って庇ってくれたが、スペインの脅威が去った途端に、過去の同盟義務不履行までむし返してオランダをたたいている。
イラン・イラク戦争の最中、アメリカは日本に対し、油送船をイランの機雷から守るためにぺルシャ湾の掃海艇派遣を呼びかけた。日本国内でこの派遣に反対した人々の理由は、一言でいえば、そんなことをすると平和主義の原則がそこから崩れていって、軍国主義への歯止めがなくなってしまうということであったと思う。まさにオランダの党争と同じ、ゼロ・サム・ゲームの反戦主義の発想である。
従来とも私は、日本の歴史をふり返ってみてこの判断は誤りだと思っている。
「愚者は経験から学ぶ。予は歴史から学ぶ」と言ったのはビスマルクだったと記憶する。今生きているわれわれの世代の個人体験では、戦前、戦中の軍国主義の記憶が圧倒的に強いので、それ以前の歴史は忘れ去られているが、その前には、旧憲法の下でも日本の議会民主主義がちゃんと軍を抑えていた時代もあった。
大正デモクラシーの頃には、軍人は外に出る時は、軍服では恥かしくて背広を着たという。当時の日本は七つの海を支配している英国と同盟関係にあり、国民が日本の安全に何の心配もなかった。人間は安全に心配がなくなれば、どうしても自由が欲しくなる。それが人情であり、大正デモクラシーが栄えた。
しかし、日英同盟が切られると日本は自分の安全は自分で守らなければならない。孤立して安全を守ると、100パーセントの安全では不安で120パーセントの安全を求めるようになる。
いかに経済的に繁栄していても安全を失えば元も子もないから、自由より安全が欲しい。政治家より軍人の方が国民にとって頼もしく見えてくる。これも自然の人情である。
日本人という人種の心情の中には深く軍国主義が根ざしていて、歯止めをかけないとそっちに流れてしまうなどという、そんな馬鹿な話はない。歴史を知らないで個人の経験だけで考えるから、こんな間違った判断をするのである。
日本人も人の子であり、それぞれ自分と自分の家族のことを思えぱ、まず安全、次いで繁栄、そして自由が欲しい。それが民の心である。そしてその民の心が、周囲の環境によって平和主義にも軍国主義にもなるのである。
日本の国民は、日米同盟によって日本の安全に心配がないかぎり、掃海艇派遣程度の協力をしたからといって、そこからどんどん軍国主義に向うということはあり得ない。そんなことは、現在の日本の国民感情、新聞、議会のシステムを思えば誰でもわかる。
しかし、いったん米国が同盟国としてのつき合いをしない日本に愛想をつかし、同盟を切ってきた場合、私は民の心が軍人を頼りにし、強い軍を求めることはほぼ間違いないと思っている。
現に歴史の先例があるではないか。
1988年の掃海艇派遣問題では、日本は日米同盟の証しを立てるチャンスを失した。他の形では協力したが、米国世論へのインパクトは弱かった。当時、ニューヨークで会ったアメリカの有識者達が、「掃海艇さえ出せば日米経済摩擦などはどこかにふっ飛んでしまったのに」と言っていたのを思い出す。今後のチャンスは是非大事にして欲しいと思う。
その時、私の頭に閃いたのは、もしあの時、中国がペルシャ湾に艦艇を派遣していたならば、アメリカの世論や議会には中国の方が頼もしい同盟国として映っただろうな、ということであった。20世紀初頭以来の極東の歴史では、日本と中国のどちらが米国の友人となり敵となったがが、それぞれの国の命運を決して来たという記憶が胸をかすめたのである。
同盟か経済優先か冷戦が終りつつあり、将来の新しい世界秩序に向って模索が始められている現在、理論的にはアメリカ外交の選択の幅はもっと広くなっている。それがソ連である可能性すら排除出来ない。
その場合、理論よりも、誰がアメリカ人と肩を並べて汗を流し、生命の危険を冒しているのかが、信頼出来る同盟国かどうかの尺度となろう。
もっと遡って、日英同盟が切れた遠因の一つもそこにあった。第一次大戦当時、西部戦線でドイツ軍の強圧の下に昔しんでいた英国は、同盟国日本から陸軍師団の派遣を要請した。日本は護送用駆逐艦の派遣でお茶を濁したが、その時に派兵したのは同盟国でないアメリカだった。こうして英米両国民が肩を並べて戦ってからは、当然のことではあるが英外交の主軸は英米関係となり、ベルサイユ会議では英国はアメリカの言うことばかり支持して、日本はだんだん孤立化を深め、軍国主義への道を歩むのである。
私が惧れるのは、軍事的な意味でアメリカが日本に協力を求めているうちが花だった、とあとで後悔するようになることである。
米国が共同行動を求めるということは、日本に応分の責任分担を追っていると同時に、仲間はずれにしないで一緒にやろうと誘ってくれているという面も多分にあることは、アングロ・サクソン世界に長く往んだ人はよくわかると思う。
「あいつはどうせつき合わないのだから誘わないでおこう」と思われた時こそ、同盟の黄信号が灯った時である。それを、「やっとアメリカは日本の平和主義体制を理解してくれた」とほっとなどしていることこそ、日米同盟の基礎を揺るがし、ひいては現在の平和主義体制自体の墓穴を掘り、軍国主義への道を開いているのである。
日本に国内的制約があることはアメリカも百もわかっている。日本が何とかそれを克服しつつその都度アメリカと協力しようと努力している姿勢を示し続けることが、同盟を維持するために必要なのである。
80年代を通じて、他の面での防衛協力では日米同盟の信頼関係はむしろ強化されている。1989年、レーガン時代の防衛政策担当者と再会ディナーに招かれたが、皆「レーガン時代の防衛協力は隠れた成功物語だ」と言っていた。
日米同盟にはまだまだ拠って立つべき善意と信頼の人間間係はあちこちに残っているし、日米同盟を今からでも強固にする時間も手段も十分残されていると思う。
日本が今後の世界を生き抜いて行く大戦略は、一言でいえば米国との信頼、同盟関係を維持して行かないかぎり、日本の安全も繁栄も自由もないという現実を決して見失わないことにあると思う。
近代史の上で日本国民が真に安全と繁栄と自由を享受したのは、日英同盟の20年間と日米安保条約の40年間である。
ユーラシア大陸のまん中から太平洋に向って進出しようとするロシアの圧カに対抗して、日本の安全を守るためにも、また資源に乏しく通商によってしか活きる路のない日本の繁栄を維持するためにも、そしてその安全と繁栄の自然の帰結として自由とデモクラシーを謳歌するためにも日本は海洋を支配するアングロ・アメリカン世界と協調していくほかはない、というのが開国以来の日本の宿命である。
それはまた、オランダ史の宿命とも似ている。オランダにとって絶対に戦争してはいけない国は英国だった。また、戦う政治的な必然はどこにもなかった。ただ自己中心の経済利益にだけ専念して、この基本的な地政学的構造を見失ったために破滅的な打撃を受けたのである。1930年代の日本も、日本を取りまく基本的な地政学的構造を見失って破滅的な誤りを犯した。
冷戦の終りが始まって、アメリカ人も日本人も今後の世界にどう生きて行くかの模索を始めたこの時こそ、この基本構造を見失わないことが何よりも大事だと思う。
もうここから先は、オランダ史から学ぶことではない。日本の開国以来の歴史を曇りのない眼で読み返して、日本自身が決めることである。




以上が私の選んだ抜粋部分です。ちょっと多かったですが。
この本は単に歴史の読み物としてもかなり価値がある本です。

・オランダがスペインの残虐非道な圧制から立ち上がり、
 自由と独立を手にするまでの苦難の歴史
・総督家であるオレンジ家の粉骨砕身の活躍
・オランダの世界への雄飛と空前の繁栄
・自由を尊重しすぎた結果としての自由の喪失
・現実的な思考を欠いた平和思想、平和主義の危険性
・商人国家の習性とジレンマ

ちょっと思いつくだけでも以上の要素が詰まった
非常に読み応えのある本だと思います。

人間の精神性や行動様式は有史以来あまり変わらないことは、
歴史が示してきています。歴史を知ることは人間を知ること。
人間を知ることは、現在の局面を理解し、進むべき指針、
選ぶべき選択肢を探るときに大きな助けとなります。
歴史を学ぶ意味はここにあります。

そのためにも我々はありのままの歴史を知る必要があります。
中国韓国のように自分たちの国の歴史を美化したり正当化したり
した歴史であるなら教訓を得られないので学ぶ意味などありません。
現実認識ができなくなるという点で有害ですらあります。
このことはそのような反日思想を国家ぐるみで植え付けられてきた、
中韓の民衆の度を超えた言動を目に耳にするとき確信となります。

と、中国韓国の歴史教育の反作用について触れましたが、日本は
中韓レベルの下ばかり見ていないで、上を見る必要があります。
日本もまだまだ歴史には学んでいると言えそうにないからです。


オランダ史に学ぶ(上)

今日は最近とてもよい本に出会ったのでその紹介をします。

繁栄と衰退と オランダ史に日本が見える 岡崎久彦

なんだかんだ私の解説を付けるよりか気に入った部分を
そのまま抜き出した方が説得力があると思いますので(笑)
私が気に入った部分を抜き出してみます。


平和主義の罪
ウィルソンは次のように続ける。
「現在(註・第二次大戦前後の頃)、英国の戦賂は、英国の通商路を守るための海軍力を中心に構築されているが、実は1630年代及び1670年代には、英国の戦術はもっぱら攻撃的(他の通商路を脅かすという意味)なものであった。
英国の立場から書かれた通俗的な英蘭戦争の歴史は、英蘭戦争を競合する利害間係を持つ二つの同等の国の間の衝突のように書いている。中には、オランダの経済的優位が英国の安全にとって何か脅威であったかのように書いてあるのもあるが、これは間違いである。
才ランダという国は本質的に平和的であった。オランダは、英国やフランスにとって何ら脅威ではなかった。ただ、その経済的優位を誇って一歩も譲ろうとせず、またその経済的優位は経済的方法によっては覆すことが出来なかった、というだけのことである」
オランダは真に平和主義の国であった。国際法の祖といわれるグロチウスは、まさに当時のオランダの産物である。また、当時のネーデルラントの画家は戦争を呪い、戦争の悲惨を訴える絵画を描き続けた。17世紀のオランダ史にとって最も価値の高い文献と考えられている、いわゆる「デ・ウィットのメモワール」の元の作者であるド・ラ・クールは次のように書いている。
「オランダにとって戦争、とくに海上の戦争は何にもまして有害であり、平和は極めて有益である。オランダの商品は海上にあるか、あるいは多くの場合、外国の倉庫の中にあるのであるから、何時も危険をともなっている。オランダの富の大きな部分は、掠奪者の餌食になり易い。一般的にいって、外国人はオランダほどの貿易商品や船舶を持っていないから、外国人がオランダ経済の弱点を突いた場含、オランダはこれに報復することは困難である。したがってオランダは、いかなる条件の下でも自分から戦争を仕掛けることはない」
オランダが、自分の都合で平和を最も欲していたことはよくわかる。問題はオランダが、その国是ともいうべき平和主義のために戦争の危険に直面しようとせず、追る危険に眼をつぷっていたことである。
バーカーは言っている。
「オランダの政治家達は、国内政治では常に詐術や暴力を使っていたにもかかわらず、国際政治や戦争の問題についてはセンチメンタルな観点に立ってものを考えた。戦争の恐怖については文学的な調子で書き、かつ語っていた。そして、戦争というものは、国家が何らかの形で富を獲得するビジネスの一つであり、損益勘定もある程度までは計算出来るビジネスであることを閑却していた」
つまり自分中心に、「戦争はいやだ」「何としても戦争は避けねばならない」というセンチメンタルな議論や、「戦争はしてはならない」という国際法的な議論ばかりして、他の国から見れば戦争は差し引き得になるという勘定も成立する一つのビジネスでもある、という事実に眼をつぷっていた、ということである。
とくにイギリスとの戦争などは、オランダ人から見てあり得べからざることであった。
アングロ・サクソンとオランダ人はほとんど同文同種といってよい。もともとアングロ、サクソン、ジュートの三部族は、現在のオランダからデンマークにかける地域に住んでいた。当時、オランダ付近にいた部族でイギリスに渡ったのがイギリス人となり、大陸に残ったのがオランダ人だといっても過言でない。言葉も、もしフランス語化したノルマンの英国征服がなかったならば、英語はオランダ北部のフリースラント地方の言葉とほとんど同じだったという。
政治思想もほとんど同じである。現在の世界の政治思潮の主流であるアングロ・サクソン風のデモクラシーというものは、近代思想の産物というよりもむしろ部族国家の頃からのアングロ・サクソンの古い伝統的制度、伝統的なものの考え方に根ざすところの方が大きいという。
それは、イギリスの大憲章(1215)、才ランダの大特権(1477)、スペイン王に対する忠誠破棄宣言(1581)、オランダ人とイギリス人の合作ともいうべき権利宣言(1689)、アメリカの独立宣言(1776)をくらべてみれば、それがいずれも同じ発想の流れの上にあることは明白である。しかもオランダ、イギリス両国は、それまでの間、旧教国スペインの脅威に対して、運命共同体として共同で立ち向ってきた。その英国がオランダを攻撃するなどということは考えられないことであった。
バーカーは書いている。
「オランダの政治家の眼には、英国はオランダの自然な友人であり、同盟国であるとしか映らなかった。英蘭両国は多くの紐帯で結ばれていた。両国はヨーロッパの代表的な新教国であった。両国は巨大なスペイン帝国の脅威から国家の自由を守るために、肩を並べて戦った。英国では1649年にチャールズー世が処刑され共和国が設立され、オランダでは1650年のクーデターで総督が廃された。英蘭両国は革命政府によって統治されている共和国であり、ともにヨーロッパの君主国の敵意を警戒せねばならず、お互いに助け合わねばならなかった。
かくて英蘭両国は、共通の利益と、共通の脅威と、共通の歴史と、同じような社会の発展と、同じような政治制度と、間じような政治釣環境によって、お互いに結ばれていた。英国どオランダとの戦争などは、少なくともオランダから見て、想像し得る政治的危機の中で最も可能性の低いものであった。
しかし、政治と商売とは別の話である。オランダにどって破滅的な戦争をもたらした英蘭間の摩擦は、主として英国側の商売上の嫉妬から起ったものであった」


当時のオランダの冠婚葬祭の贅沢さは、オランダ内でもカルヴィン派の人々の顰蹙するところであり、贅沢禁止令もしばしば出されたらしい。しかし、その中で最も厳しい禁止令は、第一次英蘭戦争で英国の海上封鎖を受けて国民が飢餓に瀕した時のものであったが、それでもその内容は、結婚式の披露宴の客は50名、宴会の期間は2日間を超えてはならないというものであったという。
昨今、日本の結婚式にかかる費用は東南アジアの上流階級をも驚倒させるほどであり、欧米人に話すとただ盾をひそめるだけである。しかし、日本人にはキリスト教の伝統もない。また伝統的な武士の質実剛健の規律を実行し得る家庭も、今やほとんどない。お金がかかり過ぎるという不平以外には、何の反省もなくまかり通っている。間題は、当時のオランダと同じように、これを見た外国人がどう感じるだろうかということである。
ヨーロッパが30年戦争で窮乏し飢えている時に、オランダでは労働者でさえ給料の30%で必要な量のパンが買え、それ以外に肉と酪農品をふんだんに食べていた。
英蘭戦争で海員を募集するためにその食事の質が法令で定められたが、日曜と木曜はハム、羊肉、牛肉、それ以外は燻製や塩蔵の魚と野菜中心で、現在の計算では一日平均4800カロリーに達したという。英、仏の旅行者は、オランダ人が活きている魚以外は食べず、また鯖やぼらなどは食用に適さないと言って捨てるのを見て恐怖を覚えたという。
今、東南アジアから日本に輸入される蝦は、すべて寸法が揃っていなければならず、ひげ一本、爪一つ取れていても輸入業者からはねられてしまう。蝦が動くとひげが取れるので、活きたまま直ちに冷凍して日本に送る。そのために目方も増え運賃もかさむが、こうしなければ日本の市場には出せないし、こうした品質管理を学んだ国だけが日本に輸出する能力を持って発展する。
日本人は、こうして品質管理を覚えさせることにより近代化に貢献していると思っている。それはその通りであろう。しかし、これを目のあたりに見る餓えた人々の心の中に、羨望と嫉妬の念が起るのをどうやって抑えられるだろうか。まして、その蝦が載る結婚式の料理の一人前の値段が、彼らのひと月分の給料より高いと聞けばどう思うだろうか。
アメリカは第二次大戦後の世界的窮乏の中で、この世の天国かと思われるスーバーマーケットを誇り、世界の羨望の的となったが、他面、戦後世界の復興に莫大な資金を投入し、自らの市場を広く開放してドイツ、日本、韓国などの国の工業製品を吸収してその成長を助け、かつ40年にわたって共産側の庄力に対抗して自由世界の安全を守り通した。
豊かさに加えて力があれば畏れられ、実行力があれば尊敬される。しかし今後の日本は、他国に畏敬されるだけの何を持てるのであろうか。まして一度負けた国の繁栄は、カルタゴやオランダの例を見るまでもなく、勝った側の国の反感と嫉視の的となる。畏敬されなければ、いじめの対象となり易い。


ここで、戦後の日本の制度とは何だろうという疑問も生じてくる。現行の制度の基本的な考え方は、放戦後、米軍の占領下にそのレールが敷かれたものであるが、戦前の強力な中央集権体制、とくにその極端な形としての軍国主義体制の復活を阻止するのがその目的であった。
したがって、現在の日本の制度の目的は市民的自由の確保にあるのであって、右に述べたような意味で、日本が国家として他国から畏敬されるためのものではない。こう言ってしまえばそれまでのことである。しかし17世紀のオランダのように、各州の個別利益や市民的自由を死守するのはよいとしてその結果、外国との摩擦や外国からの脅威に対処し切れなくなって、各州の個別利益や市民的自由も、その元である国の独立も一緒に失ってしまうのでは、それこそ元も子もない。日本の戦後体制も日本の独立あっての体制であり、独立が失われれば、その体制が保証している自由も何もなくなってしまうことは言うをまたない。
おそらくどんな制度でも、中央の政策決定能力と各個人、各団体の権利との間に、何らかのバランスが必要なのであろう。17世紀のオランダの場合は、明らかにそのバランスが欠けていたために、対外処理を誤ったといえる。
現在の日本の政治体制にも多くの間題点が指摘されているが、その間題は政治が自分で解決するほかはない。政治以外のカで政治の仕組みを変えさせようという試みは、いまだかつてよい結果を生んだことがない。中央決定のカが弱いという問題も、政治自身による解決を待つのが議会主義の正道である。


はぴこる反戦思想
もう一つ、17世紀のオランダと現在の日本が酷似しているのは、その反戦思想である。
軍隊というものは大変お金がかかるだけでなく、ほうっておくとどんどん発言力が強くなって、州政治家の発言力を弱くしてしまう。それが、総督のオレンジ家のカを強くすると絶対君主制のようになって、勝手に同盟を結んだり戦争を始めたりする危険がある、という軍隊性悪説である。
軍を強くすればやがて軍国主義的な政府になって、勝手に戦争を始めてしまうという戦後左翼思想のステレオタイプと全く同じである。
その結果、防衛力の質や量も制限され、防衛力整備の目的やその使い方にも政治家の国内的考慮が優先するようになる。敵の攻撃が目前に追っているのに、先制攻撃も出来ない専守防衛の考え方。それも、ほんとうの専守防衛に徹して、自分からは攻めないが、何時、どこから攻められても国民の安全を守れるような万全の準備をする、というのならば話はわかるが、そうではない。
防衛体制の強化をはかる気は全くなく、平和外交にだけ空しい望みを託して、それが失敗した場合のことを考えることも拒否する精神的な態度。そして、敵が攻撃の準備のために営々として軍需補給物資を買い集めているのに、それに対する禁輸も実施出来ないという経済、通商の自由の優先の考え方。どれをとっても、今の日本の反戦思想と驚くほど似ている。
反戦思想の下に軍隊を作ると、おそらく必然的にそういう形になるのであろう。
もっとよく似ているのは、防衛論争のあり方である。オランダでは、防衛論争はそのままオレンジ派とアムステルダム中心の政治家との間の党争であった。党争となると全くのゼロ・サム・ゲームで、相手が一ミリでも得をすれば自分はその分だけ損をする。そうなると、どのあたりがオランダ国家全体の利益にとってバランスの取れたところか、という観点は全く存在しなくなって、ありとあらゆる接点で一ミリも譲るまいという、不毛の戦いが繰り広げられる。
日本の防衛力のあり方についても、どこが妥当なところかということは具体的に明確にすることは難しいとしても、国連平和維持活動のために非戦闘目的で自衛隊を派遣することぐらいは、どこの国でも行っている最低の国際的義務だから当然だということと、国際政治と国際軍事パランスに影響を与え得るような本格的な武力行使をすることは、どこの国にとっても国の命運に関することであり、その歯止めのかけ方には諸説あろうが、いずれにしても、慎重の上にも慎重を期して国民の叡智を結集して判断すべきことだ、という程度のことならば国家のあり方の常識としてとくに反対もあり得ようもないであろう。
しかし、それがいったん党争となると、日本の場合では建前論の意地の張り合いとなると平和維持活動だろうと非戦闘目的であろうと、自衛隊が一歩国外に出ると、そのまま全面戦争に参加する第一歩になってしまうという議論になってしまって、どのあたりが日本の国と国民の将来の幸福にとって最も望ましいバランスの取れた形か、という視座が全く欠けてしまうのである。
「アムステルダムは現在の平和の果実を楽しむものであり、それは軍隊を維持するのならば不可能となる」という言葉などは、誰が見ても国の安全と平和に関するバランス感覚が全く欠如している。そしてこのオランダの反戦思想は、17世紀後半のオランダの悲劇の引き金となった。オランダの場合は、最後には英国の名誉革命という歴史上の奇蹟によって救われるが、こんな奇蹟はめったに起るものではないし、あてにするわけにはいかない。


オランダの場合は、当時のオランダの財政で十分まかなえる程度の常識的な軍備を持っていれば、いずれの戦争も避け得たように思う。少なくともオランダは征服の対象でなく、同盟の対象に選ばれたであろう。
ただ、過去十年間の防衛論争の経験で私は、日本の反戦思想そのものについては、そんなに根の深いものではないと楽観視するにいたっている。日本の反戦思想は、主として戦争中に戦争や軍隊の被害を受けた個人的体験が、平和時において国の安全保障の心配よりも優先しているだけの話と思う。
その上に、冷戦40年間を通じて共産側の主要目標は、一言でいえば日米安保体制と目本の防衛力を少しでも弱めることにあったために、そのためのプロパガンダがいわゆる進歩思想として空気伝染したものであって、オランダのような血みどろの政争がらみの反戦思想とは違うものと思っている。現にソ連が北方領土に地上軍を配備し、アフガニスタンに侵攻した頃は、社会党からさえも日本の安全を懸念する声が聞かれた。
危機を肌で感じさえすれば、日本国民は17世紀のオランダのように、国が滅んでも自分の党派の主張が通った方がよい、ということにはならないと確信している。
ただ、防衛というものは「治にいて乱に」備えるものであり、危機に気がついてからでは間に合わない。また、国家と軍隊との関係にはある程度世界的な常識があって、あまり風変りであることは対外摩擦をかえって増すことにもなる。
英仏のオランダたたきがとくに公然と激しくなったのは、第一次英蘭戦争でオランダの政治制度と防衛体制の弱みが露呈されてしまってからである。まさに「富は嫉視を招き、弱さは侮蔑を招いた」のである。いわゆる外国の侮りを受ける体制を暴露したので、オランダ非難、中傷の言いたい放題となったのである。
個人の間でも、いじめられ易い人というのはいる。「一寸の虫にも五分の魂」という面魂を持っていれば、いじめられ易いということはない。実際に手を出すかどうかは別間題である。予測が出来ない将来のことを考えると、日本たたきはアメリカだけではないかもしれない。
オランダも、はじめは英国だけがオランダたたきをしていると思っていたが、ふと気がつくとフランスや周辺のドイツ小諸侯までがオランダをいじめにかかってきた。ミュンステルのオランダ侵攻の理由などは、経済摩擦などという高級なものではない。ただオランダが富み、財宝に満ちていて、それを守る軍事力が徴弱だったから、英国のオランダたたきに便乗して富の掠奪に来ただけの話である。




今日はここまでとします。
自分の投稿を上げるよりかスキャナーからOCRで取り込んで、
本と参照しながら推敲する方がかなり辛い作業になりますので(汗)

マスメディア傾向と対策

おおよそ、文章を書いたことがある方なら自分の考えを明文化する事の
難しさをしばしば味わったことがあるかと思います。そんなときに
自分の中ではっきりしない形でわだかまっていた想念が明文化された
文章に出会ったときの感動と爽快さはたまらないものがあります(笑)

時事系のブログを運営しておられる方やご覧になっている方は
とっくに既存のメディアに見切りをつけておられると思います。
問題点も改善すべき事もある程度お持ちかとも思います。
そんな方でもこの本からはさらに何かを得られると思います。

TVニュース 七つの大罪  クレスト社
ニール・ポストマン 著  石川好 監修  田口恵美子 訳

TVニュースを主に扱っていますが、この本で問題として提起された
事は新聞、雑誌などマスメディア全般に当てはまることも多いです。
そういった意味でマスメディア論としても優れた書と思います。

特に私が痺れたのが、以下の一節でした。
テレビが採りあげる三つの原則があるという。
それは「目を惹く映像、攻撃性、アラ探し」だ。


巻末の「ニュース公害から身を守る法」にこの本のエッセンスが
詰まってますので、また例によって(汗)丸ごと引用します。


ニュース公害から身を守る法
どうすれば、テレビ・ニュースの悪影響からあなたの身を守ることができるのか。最後に、テレビ・ニュースを見るにあたっての心得を八つ、列挙することにしたい。最も効果的な方法は、スイスに移住することだ。だが、スイスの入国制限はかなり厳しいので、これはあまり実用的な手段ではないだろう。以下に挙げる八力条は、この本をここまで読んできた人なら、誰でも実践できることだと思う。

1 自分自身の頭で考えながらニュースを見る
何が重要で、何がそうではないのか。ニュースの重要牲についての明確な判断基準を自分自身で持っていないと、テレビに惑わされるだけだ。
何が起こったかではなく、ジャーナリストや特派員と呼ばれる人たちが「レボートする価値がある」と判断したものがニュースとなるのだ。だが、レポートされていることの重要性を判断するのは、見ているあなた自身であるということを忘れてはならない。
ジャーナリストは、視聴者が自分たちを信じてくれるように願っている。ウオルター・クロンカイトは、CBSの有名な夜のニュース番組の終わりに、
「これが、今日一日のニュースでした」
と言う。だが、これは視聴者を欺いた言動だ。彼は、こう言うべきなのだ。
「これが、私たちCBSが考えた今日一日の出来事でした」
あなた自身が、ニュースの重要性についてしっかりとした考えを持っていれば、ニュース・ディレクターやジャーナリストの選択に容易に惑わされずにすむだろう。もちろん、物事の重要性をどう決めるかというのはひじょうに複雑な問題であり、この本だけではとても書ききれないし、私にはそんな能力もない。ただ、家庭環境と学校教育がとても重要な役割を果たすことは明らかだ。しかし、人生において何が重要なことなのかを教える学校は、すでになくなってしまったようだ。

 2 テレビ・ニュースは「ショー」である
テレビのニュース・ショーを公共施設のように考えている人もいるかもしれない。だがテレビ局は、たえず大儲けを狙っている企業体なのだ。ただ、だから価値がないと言っているのではない。
第一に、「ニュース」は視聴者を集めるための商品なのだ。そしてそれは、スポンサーに売られている。
第二に、ニュースはエンターテインメントの形で伝えられる。なぜなら、それを視聴者が好むからだ。
第三に、すべてのニュース番組は、劇場監督が使う手法で構成されている。つまり、ショー・ビジネスの要素の強いものに重きがおかれるのである。
ニュースの項目は、視聴者をそらさないように構成される。
魅力的なアンカー。エキサイティングなテーマ音楽。三枚目を演しるお天気担当キャスターとのちょっとコミカルな会話。こうして、すべてのニュース番組が、ショー・ビジネスと化す。

 3 コマーシャルの力を馬鹿にしない
コマーシャルは、けっしてくだらないものではない。私はそれを強調してきたつもりだ。コマーシャルは流行の文学の真面目な表現であり、ニュースの真面目な表現だという人さえいる。かつてマーシャル・マクルーハンは、「テレビのニュースは、すべて悪いニュースなのか」と尋ねられたとき、「必ずしもそうではない」と答えた。彼は「コマーシャルこそよいニュースだ」と言う。コマーシャルは、原稿を棒読みするだけの「ストレート・ニュース」と同じくらい、いやそれ以上に私たちの社会について教えてくれる。200年後にアメリカ文化を研究する考古学者は、コマーシャルを見て、私たちが何を恐れ、何を喜び、何を欲していたかを知るだろう。
コマーシャルのメッセージとニュースで伝えられるメッセージとの間の矛盾を見ることは、とても面自いことなのだ。コマーシャルとニュースとは、水と油のようなものだ。だがこの予盾にこそ、私たちの文化にある精神的なジレンマをかいま見ることができるのだから。

 4 ニュース制作者の利害を、まず知る
これは「ウオ−ル・ストリート・ジャーナル」や「アドバタイジング・エイジ」などの業界誌を読まなければわからないので、そう簡単なことではない。だが、後で述べるようにごテレビを見る時問を三分の二に滅らしたなら、その時間で、テレビ業界の人々についてのバックグラウンドを少しは知ることができるだろう。
医師や歯医者、弁護士など専門職に就いている人は、普通自分の事務所の壁にメディカル・スクールやロー・スクールの卒業証書などを掲げている。訪れた客はこれを見て、彼らがれっきとした資格を持つ人間であることを知る。たとえこの証書があまり意味のないものであっても。たとえば、アメリカの医師の半数は、学部卒業時の半分以下の成績でメディカル・スクールを卒業するが、それでも、この証書のほうが、テレビ局のオーナーやディレクター、ジャーナリストという肩書きが語るよりも多くのことを物語ってくれている。
番組を提供している側の人問が、どんな人たちであるのか。どこからやって来て、どんなものの見方をしているのか。あなたとの間係はどうなのか。こうしたことを知ることは、とても役に立つ。年間、何百万ドルも稼ぐ人間と、日々の生活にあくせくしている人問とでは、ものの見方が違うことくらい、マルクス主義者ならずとも、容易に想像がつくだろう。
別に、業界オタクになれと言っているのではない。ただ、ニュースを伝える側の人聞のバッググラウンドが、彼らの報道をどう判断するかという基準に関わってくるのだ、ということを強調したいだけだ。少なくとも、ネットワークやケーブル・テレビのオーナーが誰なのかについては考えてみる必要がある。

 5 ニュースで使われる言葉には要注意
テレビでは、画面に出てくる映像や視覚に訴えるイメージにばかりに気をとられて、それに伴う言葉には、あまり注意を払わないものだ。だが、これはとんでもない間違いである。
ニュース・キャスターの言葉は、その映像を形作る。映像はそれ自体で、ある具体的なものを伝える。しかし、視聴者は言葉によって、その映像が何を意味しているのかを理解する。だからこそ、何が語られているのかに注意を払う必要がある。それ自体で、すぐに何を意味するのかがわかる映像は少ない。言葉の助けを借りて視聴者が理解する。
しかしそこには限界がある。たとえば、飢えに苦しむ子どもの写真はどんな言葉を便っても楽しい映像に見えることはない。だが、その映像が何を意味するかはコメントを待たなければならない。これが両親の責任なのか。政治の貧困なのか。経済システムの崩壊なのか。裕福な人々の無関心なのか。こうした疑問に答えるのが言葉なのだ。しかもその言葉が常に正しいとはかぎらない。
言葉に注意しなければならないもう一つの理由は、レポーターが数多くの質問をしているということだ。一つの質問は、一つの文章にすぎない。だがその文章自体が、質問を投げかけている人の偏見や予測を含んでいる。答える側も固じである。投げかけられた質間によって、どれほど答えが事前に形作られるかは明らかだ。

 6 テレビを見る時問を減らす
少なくとも三分の二には減らしたほうがいい。
老女穀害の罪に問われたロニー・ザモラ(15歳)の事件のことを思い出してほしい。彼は、テレビで暴力を見すぎたために狂わされ、老女殺しに至ったと主張したのだ。陪審員は、彼の主張を却下したが、彼の言い分も考えてみる価値はある。
ペンシルバニア大学のガープナー教授の研究結果では、テレビのニュースをよく見る人ほど、世界を実際よりも危険な所と思い込んでいると明言している。アメリカ精神衛生局の委託を受けたキューべ−教授らの調査もテレビを見ることで、見ないときよりも憂欝になると言う。習慣的にテレビを見ることで狂ってしまうわけではなくても、恒常的に抑圧され、いつも危険にさらされているような思いになる−−つまり、テレビは楽観論者を悲観論者に変貌させると主張すると信じている学者もいるほどなのだ。
もし、テレビを見る量を減らせば、何か大切なものを見逃してしまうのではないかと懸念する人がいるかもしれない。だがニュースは、おなじみの「七つの大罪」(傲慢、貪欲、邪淫、怒り、貪食、妬み、怠惰)が形を変えて登場するだけのことだ。二つか三つの邪淫、四つの殺人事件、そして時には貪食、恨みなど……。週に30−40のこうしたニュースを見なかったからといって、なんの損があるというのか。ニュースは、平凡な日々の生活を反映しているわけではないのである。

 7 「知ったかぶり」は止めにしよう
あなたが持たなければならないと思っている意見も、少なくとも三分の二に減らしなさい。
ニュース中毒にかかる一つの理由は、あらゆることについて、自分の意見を持とうとするプレッシャーだ。特に、大学卒業程度の教育を受けた中産階級は、どんなことに対してもお決まりの意見を持っていなければならないという、非現実的で寄妙な義務感を持っているようだ。
たとえば、タ食パーティーに招かれ、誰かがあなたに、オゾン層の破壊による地球の温暖化についての意見を求めたとする。するとあなたは、「先週の木曜日の『ナイトライン』で、ちょうどその討論を見たんだけど、ものすごい気象の変化が起こるみたいだね」とかなんとか答える。だが本当は、オゾン層についてよく知っているわけでもないし、その番組にしても、断片的な情報しか与えてはくれないわけだ。だとしたら、尋ねられたとき、「そのことについては、あまりよく知らない。特別これといった意見もないね」などと答えるほうがよほど気が楽ではないか。こんな答えを、五回も六回もたて続けに繰り返したら、もう二度と意見など求められなくなるかもしれない。だが、一瞬の注目を惹くために、多くの生半可な意見を覚えておこうと努力することを考えれば、その分の時間を自分の関心事に振り当てられるわけで、そのほうが、うんと充実した人生になるではないか。

 8 子どもたちにニュースの見方を教える
子どもたちに、テレビのニュース番組の見方について教えるよう、学校に働きかけること。そのために、あなたもできるだけのことをしてほしい。児童向けニュース番組『チャンネル・ワン』が果たしたいちばんの利点は、学校でニュース番組について教育する機会を与えたことだ。
もちろんこの番組を制作したウィットルが、そうなるように意図していたわけでも、教師がそう望んでいたわけでもなかろう。だがこれは絶好の機会だ。ニュースの教育は必要不可欠だ。テレビニーュースの世界で何が起こっているのかを理解するには、若いうちからテレビについて学ぷことが大切だ。
これまで学校は、テレビについて教育することに熱心ではなかったテレビを何かの教材として利用することはあっても、テレビが見ている側をどう操作しているかについて教えることはなかった。
しかし、繰り返すが、こうした状況を変えて、子どもたちがテレビについて学ぷようにしていくことが重要なのだ。もし本書を読んで、なるほどと感じるところがあったなら、ぜひそれを子どもたちに教えてあげてほしい。



今回はOCRを使ってみました。古いスキャナーに付属していた
8年ぐらい前のソフトだったのでかなり認識率が悪かったですけれども。
でも、前のようにキーボードで入力するよりもとっても楽できました(笑)

アメリカと原爆論争

「靖国発言」非難声明を一斉報道=反日感情高まりも−中国各紙
【北京24日時事】24日付の中国共産党機関紙・人民日報など有力各紙は、呉儀副首相の訪日中に日本の指導者が靖国神社参拝に関して相次いで発言したことを非難する孔泉外務省報道局長の声明を一斉に報道した。各紙とも新華社電を報じ、大衆紙・北京青年報などは一面に掲載した。
 ただ、呉副首相が小泉純一郎首相との会談を突然キャンセルして帰国したことには触れていない。靖国参拝に関する発言への政府見解が公式報道として一斉に報じられたことで、反日感情が高まる恐れがある。(時事通信) - 5月24日13時2分


昨日の投稿のコメントでmegumiyazakiさんに
以上の記事の情報をいただきました。

1週間以上「小泉靖国行くぞ宣言」を人民にひた隠しにしていた
中国ですが破れかぶれの賭けに出てきたのでしょうか(笑)
洗脳した人民に報告した以上、反応が楽しみになってきました。
中国人民は反日暴動を起こすのか?
中国指導部は反日暴動を容認するのか?
どう動いても中国にとっては自ら墓穴を掘るだけですが(笑)
今週末の動きに注目ですね。


とりあえずこの件は様子見ということで(笑)
今回はアメリカの原爆論争について取り上げたいと思います。
今からちょうど10年前にアメリカのスミソニアン博物館で
原爆についての展示をめぐってすったもんだがあったことを
記憶の片隅にとどめておいでの方もいらっしゃると思います。

その動きと背景などを当時、NHKスペシャルが放送しました。
その番組を本にしたものを、以下に紹介します。

アメリカの中の原爆論争〜戦後50年スミソニアン展示の波紋〜
編集執筆 NHKスペシャル取材班  発行 ダイヤモンド社(1996年)


 序文より一部を抜粋


あと数ヶ月で戦後50周年を迎えようとしていた1994年秋。
広島・長崎も「被爆50年」という節目の年を迎えていた。
被爆者がおよそ10人に1人になった広島でも、半世紀訴え続けてきた
核兵器廃絶の願いを、今後いかに次世代に伝えていくかが、
被爆50年の最大のテーマであった。

そんな時、「原爆投下は正しかった」と考えているアメリカ人が
数多くいるという、われわれ日本人に冷水を浴びせるような
ニュースが飛び込んできたのである。

アメリカの国立スミソニアン航空宇宙博物館が、1995年6月に、
第二次世界大戦終結50年を記念して、世界で初めて原爆を投下した
B29爆撃機「エノラ・ゲイ号」を展示する計画を立てていた。
その計画は、広島の平和記念資料館や長崎の国際文化会館資料館
から借りた被爆資料の展示もあわせて行う、という内容だった。
スミソニアン博物館の担当者が来日し、広島市や長崎市から
被爆遺品などの資料を借りる交渉もすでに行われていた。
どの資料を貸し出すのか、具体的な打ち合わせも進んでいた。

ところがその矢先の1994年10月、展示する被爆遺品や被爆の実態を
伝える資料の点数を減らすというスミソニアン博物館の発表が
あったのである。被爆の実態を伝えようとする展示に対して
アメリカ国内での批判が高まり、上院・下院議員も巻き込んでの
論争に発展しているというのが、その理由だった。

「原爆投下は正しかった」 そんな、日本では信じられないような
主張がアメリカで沸き起こったのである。アメリカ国内の
こうした動きに対して、広島・長崎の被爆者の人たちはもちろん、
日本のテレビ・新聞などマスメディアの報道もアメリカ批判の
色合いをにじませていた。しかし、スミソニアン博物館の展示計画を
批判するアメリカ国内の動きは、その後いっそう広がりを見せた。

アメリカは戦後50年をそうした動きの中で迎えることになった。
明けて1995年1月30日。 スミソニアン博物館の展示計画から、
被爆遺品などの展示が削除されることが発表された。



以上が事の推移です。

次に本の全体像を実にうまく要約してある、
ディレクター右田千代氏の巻末のあとがきより一部を抜粋


〜前略〜
原爆投下が身体や心に残した傷痕の深さ、長年にわたって被爆者を
苦しめてきた放射能の影響、50年経った今も実現しない
核兵器廃絶を願う思いの強さ。
そして戦争がもたらした傷に人々が今も苦しみ、戦争により人々の
人生が根本から変えられてしまうということ、「戦争とは何か」を、
私は広島の人々から教えられた。
被爆者の方たちが訴える「ヒロシマの心」すなわち「核兵器の廃絶」
「再び被爆者をつくらない」という願いを世界に伝えることこそが、
われわれ広島で報道の仕事をする者の義務であると思うようになった。

「原爆投下は正しかった」とアメリカの人々の多くが考えていることを
知った時、まず頭をかすめたのは、「なぜ大量殺戮をもたらした
原爆を正しいものと考えるのか」という、素朴な疑問だった。
広島の人々が半世紀もの長い間、精神的・身体的に苦しみながら、
生涯をかけて訴えてきたことは、無駄だったのだろうか。
「ヒロシマの心」を、世界中の人々に通じるメッセージだと
思ってきたのは間違いだったのだろうか。 今回の番組に
取り組んだのは、これらの問いに対する答えを探すためだった。

広島からアメリカに取材に出かけるまでは、アメリカの退役軍人
たちの声を批判的に聞いていた。どうしたら彼らに「ヒロシマの心」
をわからせることができるか、という思いもあった。
アメリカの人々が原爆投下を正当化する理由を尋ねるために、
全米退役軍人協会の幹部たち四人を訪れた時、
いきなり私は彼らから質問をぶつけられた。
「あなたは原爆投下をなぜ正しいと思わないのか?」
「原爆投下は正しかった」という考え方を持つのは
なぜなのかを問うためにアメリカを訪れたはずが、
逆に「なぜ正しいと思わないのか」と問いただされてしまったのだ。
四人の元アメリカ軍人たちにじっと見つめられ、私の答えを促す
その真剣な様子に、何か答えを出さないことには、自分の
聞きたいことにも答えてもらえないということだけはわかった。

戦争が早く終わった理由は、一つではないと思う。原爆投下も
その一つの理由だったかもしれない。しかし、
そのもたらしたものは、戦争を終わらせたということ以上に、
悲劇的なものだったと日本人は思っている。だから、日本人は
原爆投下を肯定するようなことを言われると賛成できない。
という意味のことを伝えた。

しかし彼らは「広島への原爆投下が戦争を終わらせたのは
事実ではないのか」と心底納得できないようだった。
彼らだけでなくアメリカの退役軍人の多くは、原爆投下を
正当化する理由として、仲間を戦争で失ったり
自ら死の恐怖にさらされた体験を語った。
四面楚歌のなかで、私は、広島にいてアメリカ人の意見に
憤慨していた時とは違う気持ちを味わっていた。
彼らの真剣な表情を目のあたりにし、それぞれの戦争体験を
知ると、一般市民ではなかった軍人の彼らもまた、
戦争で受けた傷が深いことにあらためて気づかされた。

さらに取材を進める過程で、日本が戦争をやめようとしなかった
ことや日本軍のアジア諸国での戦争責任を非難する声を次々耳にし、
しかも、それが原爆投下を正当化する考えと直結していることを知った。
「日本軍が戦争を始め、それを最後まで終わらせようと
しなかったのではないか?」
「原爆が投下されず戦争が長引いていたら、
もっと犠牲者が出ていたのではないか?」
「日本は戦争中に、原爆投下よりもひどいことを
アジアでやったではないか?」
「被爆者だけが、戦争の犠牲者か?」
アメリカの人々を取材するなかで次々に投げかけられる問いに、
私は明確に答えることができなかった。日本人であるのに、
私は原爆投下の意味についてどれほど考えてきたのだろうか?
と自らを振り返らざるを得なかった。原爆投下に感謝する彼らの
姿に「戦争」の姿を広島と違う面から見せられたような気がした。

原爆投下が多くの市民を標的にしたこと、原爆が放射能によって
長年にわたって人間に不安を与え、自然を破壊し続ける兵器で
あることなどの点で、原爆投下の罪深さを否定することはできない。
原爆投下が戦争を終わらせたとしても、
被爆者が体験した苦しみは変わらない。
しかし、アメリカ人が見せてくれた「戦争」の姿もまた、事実であろう。
このジレンマのなかで、あらためて見えてきたのは
「戦争とはいかに重大な過ちであるか」ということであった。
戦争は敵味方に関係なく、人々の心に癒しがたいものを残す。
原爆の恐ろしさを半世紀訴え続けてきた人々と、
「原爆投下は正しかった」と断言する人々。
原爆投下の是非をめぐる認識は違うが、
「戦争によって自分の人生や家族を奪われたくない」
という思いでは、同じだったに違いない。

広島側から見ていた「戦争」と、今回アメリカの人々と出会うことで
初めて見えてきた「戦争」。この二つはまったく違う表情を
しているようで、二つの表情をあわせることで初めて本当の姿が
現れたように感じた。そこに番組を作る動機となった最初の疑問、
「なぜ原爆投下を正しいと考えるのか」への答えがあった。

〜中略〜

どうすれば「ヒロシマの心」核兵器廃絶、再び被爆者を出さない
という願いを世界の人々と共有できるのか、確かな答えはまだない。
しかし、今回の原爆論争の取材を通して、日米の原爆観の違いや
戦争が残した共通の傷痕を知り、戦争を知らない世代の私も
戦争を知る世代と同じ問題を始めて共有できたような気がする。
「戦争とは何か」についてもう一つの答えを教えてくれた、
アメリカ人たち。命の尊さ、毅然として生きることの素晴らしさを
教えてくれ、さらに今回の原爆論争を通じて
「希望をもち続けること」を教えてくれた被爆者たち、
双方に心から感謝を申し上げたい。
広島の平和記念公園に燃える「平和の灯」は、地球上から核兵器が
なくなった時に消される。その日が来るよう、希望をもって
自分にできることをしていきたいと思う。50年前の原爆投下の
是非をめぐる論争を経て、今私たちは新たな出発点にいる。




私がこの本を読んでまず感じたのは、アメリカは偉いなということ。
スミソニアンの展示は結局圧力に屈してしまいましたが、
その裏の見えない部分で着実に原爆投下の是非について再検証が
進んでおり、先進的な教師は原爆についての討議を生徒にさせて
自分の考えを押し付けるようなことは絶対にしません。
いろんな点で日本よりもはるかに問題意識をもって自国の
過去の行いを検証する姿は立派です。それも戦勝国なのに。
もっと驚いたのが、再検証の動きは原爆投下の直後から
あったということ。敵国日本に対して原爆を落とすことは
どんなに非人道的であっても感情的に肯定して当然なのに、
批判勢力があり、その勢力が存在できることはすごいことです。

それにひきかえ、当時の日本は社会全体に
異論を許す空気があったでしょうか?
また当時の日本が原子爆弾をもし持っていたらどうでしょうか。
軍部は使いまくって、当時の日本の民衆は喝采するだけ
だったのではないでしょうか。
人それぞれに違った感慨や感想を抱かれるでしょう。
いろいろ考えさせられるいい本です。

ある意味でアメリカにとって原爆投下の是非とは
日本においての先の戦争の再評価問題、靖国問題と
過去の自分を見つめなおすという点で非常に共通性があります。

中韓のいちゃもんはまったく筋違いで無視するに限りますが、
日本は日本で感情に任せた過去の歴史の肯定や賛美なども
歴史の教訓を未来に生かすためにはしてはいけないことです。
日本を真に未来に誇れる国にしたいのならば、
アメリカに負けないぐらい、自ら真摯に自国の過去の行いを
その時に取り得たいろいろな選択肢を検証しつつ、
改めて振りかえるべきではないでしょうか。

それにしても本の活字を移すのがこんなに大変とは(笑)
次の機会にはOCRでも使おうか・・・(←実は使ったことがない)
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